「自分で治る」という時代だとすれば - どこまで自分の足で歩けるだろう

自分のいのちとどう向き合えばいいだろう

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自分らしいと思える向き合い方を見つけられるといいのだが - 矢作直樹さんの著書『「いのち」が喜ぶ生き方』は、そんな私にとっては素朴な疑問、素朴な希望の置きどころを色々な角度から感じさせてくれ、考えるヒントを与えてくれます。

日本人はどちらかと言うと依存傾向が強い民族だと思います。医療に関してはそれが如実に出ます。医療を信頼することは大事ですが、依存してしまうと過信が生まれ、現状が少しでもイメージと違ったときには不信へと変わります。
そして薬をたくさん出してくれるの医師を信頼する傾向が総じてあるように思います。

(中略)

それは薬に限りません。万事「治してもらうもの」という視点です。もちろん医療に依存しない方々も増えていますが、基本は「自分で治す」という意識が大切です。

私はインフォームド・コンセントにまつわる、特に、母のがん闘病をたどり直し、自分の晩年に備えることができるだろうかと考えていますが、それは、患者の家族として矢作さんが言われる

基本は「自分で治す」という意識が大切です。

という言葉にとても近い感覚を意識し、患者自身の中にあるギャップを強く感じたことが動機になっています。

別の章で矢作さん自身が書いておられるように、この言葉は医師の視点で書かれたものでしょう。医師として患者に望みたいこととして語られている、そう感じます。

そして私はこう思うのです。
患者は本当に「自分で治す」という意識で診療科の扉をたたいているだろうか」、そしてその逆に、
どうして医師は、患者の歩く速度に合わせてはくれないのだろう」と。

それはケースバイケースだという言葉が聞こえてきそうです。
病気の種類、患者の年齢や心情、精神状態、家族が持つ価値観 - 挙げたらどこまでいってもきりがないほどたくさんの条件の組み合わせによって、患者にとっての医療の良し悪しは違ってくるのだからと。

確かにそうだろうと思います。
ただそれでも、私の家族の場合は、悲しいくらいに依頼心を拭いきれないでいたという感じが残っています。

相手が癌だったからでしょうか。
それもあったのかも知れません。心理的なプレッシャーがあまりに強烈ですから、「自分で治る」ための情報収集とか確認、そしてその情報に基づく判断をスムーズに進められるはずもないだろう - それもまったく無理からぬことだと思います。

矢作さんの言葉はこんなふうに続きます:

先ほどオーダーメイドという発想でと述べましたが、これも「人に治してもらう時代から自分で治る時代」への転換の象徴です。自分はどう選択するのか? みんながやっているからという視点ではなく、これからは、自分はどうしたいのかを問われる時代です。

私もずいぶんこのことを意識していましたし、自分の病状を理解し自分で決めたいと言いながらも、自分にはきちんと理解できないと訴えては別の言葉で説明を求め、それでもまだ、子どもたちの気持ちまで考えてしまうからか、自分の気持ちを自分でも整理しきれない、判断できないと訴えていた患者本人(母)の判断、希望をどう支えればいいだろうかと悩んだのです。

だからでしょうか、宣告を受ける前から、医師は医師のペースで仕事としての医療を施そうとし、患者は医療に患者の思いで言う仁術を求めようとする - この医療と患者の間(と言っていいでしょうか)のギャップは埋めようがないのだろうかと感じてきたのです。

そう感じるシチュエーションが多かったのです。

「積極的な治療」であるとか、介護認定を受けるときの判断基準、その一角を医療に頼まなくてはならないとか、医療の判断がなければ受けられない介護サービスがあるとか - 死にゆく自分を見つめていられる自分でいるために、重度の貧血に陥らぬよう輸血を続けてもらえないだろうかと思っても、無尽蔵に輸血はできなないのだとか・・・

医療の話しが広範に及び過ぎているとは思いますが、「自分はどんな医療を受けたいのか」と、それこそ素朴に望んでもかなえられないこと、その場になってはじめてできないのだと言われることがたくさんあるのも事実です。

「どんな医療を受けたいか」という選択さえ、してもらえることに限界があるのだということを知らなければ - それ以前に、そのことを理解できなければ自分で決めることなどできないのです。

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保護者として付き添う家族が代わりに判断しても、それは患者本人の判断ではない。だから家族が後悔に襲われることもあるのです。

そしてだからこそ、矢作さんの語る言葉をよくたどってみたいのです。医療は全能でもなければ万能でもない、そのことをよく理解してほしいと聞こえます。

そうやって、そのときできる自分 - あるいは家族 - の思いと精神力のすべてで自分の選択をできるようになっていたい、そう感じさせてくれると思うのです。

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