世界にあるものすべてが愛おしい - 『姫椿』

現実の世界に想像の世界を重ねたストーリー

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自分に重ね、感情移入して読むにはちょっと不思議さが先走るストーリー - 柔らかな大人のための言葉使いと、物語のはじめから終わりまで、常に背中に気をつけていないと安心できない、そんな緊張感がブレンドされた短編集 - それが浅田次郎氏の『姫椿』。
集められている8つの短編はただのオムニバスではありません。

自分の分身とも言えるほど大切な、長年連れ添った飼い猫に死なれてしまったOL。

経営に行き詰まり、死に場所を探しながら自分の過去に再び巡り合う不動産会社の社長。

主人公の境遇か、主人公に関わる動物や人 - どこかに何か共通性があったりするのだろうか。物語をひとつひとつたどるごとに、そんなことを頭の片隅で考えてしまいます。ごくあたりまえの、どこにあっても不思議がなさそうな現実の世界に、どう理解すればいいのか分からない不可解なものが絡みついています。

第一話、獬(シエ)の自然さ、不思議さはたとえばこんな具合です。

・・・中国人らしい客から預かったのだがね、二日間の約束で、ところがそれきり引き取りにこない。片言の日本語で説明しとった。何でもこれはシエという伝説の獣で・・・」

言いながら老人はレジスターの上のメモに、ひどく難しい漢字を書いた。
獬 - 何とも怪しげな字だ。
「これで、シエと読むんだそうだ。日本語だか中国語だか知らんがね。見てごらん、まず顔がキリン」
「キリン?」
「ジラフじゃないよ」
獬の字に並べて、老人は達者な字で「麒麟」と書いた。
「で、額には鹿の角、足には牛の蹄、尻尾は虎だ。体はね、ほら鱗に被われている」
「ほんとだ、すごい・・・・」
褒められたことがわかったのだろう、シエは前足をつっ張って、自慢げに背筋を伸ばした。

creature from wonderland
写真素材ぱくたそ

腕の中に抱きかかえることができる猫ほどの大きさだけれど、世にも不思議な、不気味にも見えるだろうその動物も

「おいで、シエ」
両手を差し伸べると、シエは何のためらいもなく鈴子の腕に・・・

入り、主人公とその不思議な動物の暮らしがはじまるのです。

解説には脚本家・金子成人氏が、”【姫椿】のこと” と題した言葉を綴っています。私が感じた “異次元感覚” と言いたくなるような不思議な体験を、金子氏は “テレビで描けるもの小説で描けるもの違い” として語っています。

テレビというメディアは小説とは勿論違いますが、映画や舞台ともやはり一線を画していると思ってます。家庭の、あるいは町中の食堂喫茶店の中に家具のようにあるテレビジョンと、日常とは違う空間で見る映画や舞台とはやはり違いがあるのです。人間ドラマを書くことに違いはないのですが、手法によっては馴染まないことがあるのです。
そんなことを考えさせられるのが『再会』と『零下の災厄』です。

私の神経は、「どう理解すればいいのか」という回路で安定を求めたのですが、“小説だから描ける世界がここにある”、だから、綴られている言葉のままに読者にしか感じることのできない世界観を楽しみなさいと言われたような気がしています。

金子氏は『再会』を、私たちの多くが知っている「世にも不思議な物語」を引き合いに出して、

テレビドラマにするには手数のかかる作品でしょう。

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と評価しています。

文字で描かれた世界観、価値観は読む者の琴線に触れてはじめて色と形が見えるようになるもの - 私はそんな感覚をもって言葉相手の仕事をしていますが、『姫椿』に綴られているのはそんな私たちの世界観や価値観をためているのだな、とも感じます。

先入観や緊張を解いて、読んでみると自分の語感も鋭くなるかも知れませんね。

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