安定か改革か - どこにバランスをおけば頑張れるだろう?

どれほど安定が必要か -

安定というのは変わらないということ。変わってしまうかもしれないという恐れを感じることがないということかな? と感じています。

変わらないということは、いつもと同じということ。いつもと同じでいられるということは、何をするにも・考えるにも、否定されて、そのショックから立ち直ろうと頑張ったり、迷って、その迷いを解消しようと眉根にシワをよせて悩んだり考えたりすることはないということ。

もしそうだとすれば、安定=安心といことにもなりそうです。

何を言おうとしているかと言えば…
私が所属している会社が取り組んでいる「組織改編」、それがまだ続いていて、その続き方に「めりはり」が必要だと感じているというお話しです。

部署や部門といった組織、あるいは人の配置変換の終われば、組織改編は終わり! となりそうですが、

  • これができたらそれ?!
  • それが終わったらあれ!?

と途絶えることなく続いている感じなんです。

組織や人の配置転換が終わったなら、あとはそれが安定するのを待てばいいようなものです。
物理的な? 改編は終わったよ! となればそれだけで安心が広がり、安定した気持ちで新しい組織の運用とか人間関係に集中できるように思うのです。

安定して、安心な運用ができるようになれば安定度はよりいっそう高まるはずです。
ところが、その改編が2年近い時間が経ってもまだ終わっていない?!

それは、ハードのあとはソフト⁈ と言わんばかりに、改編のステージを変えて 新しさを追求してしまっているからのように思うのです。人やその席を変えただけで終わりにしない - 右と左を入れ替えて、社員をこっちからあっちへ動かして… それで終わりにしないのは丁寧な取り組みだと言えそうにも思うのですが、反面、「いったいこの改編はいつ終わるのか⁇」ということになってしまうのです。

 

言い換えるなら、どこかで・何かの形で安定を求めているのかも知れません。
緊張しっぱなし!? というのは誰もそう長く続けられるものではないはずですから。

「組織改編は会社がやっていること」と言いたくなる雰囲気が私たち働く側にはあるような気がします。
しかし、少なくとも私の会社の場合、「組織改編」というタイトル、看板は会社が付けたものかも知れないけれど、改編そのものも、みんなの意識をそっちへ向けるためにも看板がほしいと言ったのも、私たち自身だったのです。

「仕事や職場を改革しよう」「改変しよう」というモチベーションがあると、そこには「変えよう!」とか「今のままではいけない!」というエネルギーが生まれるもの。ところが、自ら変える・変わる覚悟を求められるものだった! と今になって分かった、というようなところもあるのだろうと思うのです。

「変えよう!」「変わろう!」という思いを行動に移すというのは、どう言えばいいでしょう?… たとえば、バランスが取れて静かに立っているやじろべえの片足を叩くようなもの。
やじろべえは右に左に大きく傾きながら、もとの静かな状態にもどろうとしますね。

ただ、揺れるやじろべえは、もとにもどろうとするだけですが、私たち人間の場合はそう簡単な話しではないのですね。うっかりするともどる場所が分からなくなるほど取り乱して、足を引っ張り合ったりすることもあるのです。

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だから余計に、これは余計なことのように感じますが - 改革とか改変には、反対勢力があってあたりまえなのかもしれないと感じるのです。

 

自分たちで望んだはずの「新しい自分たち」だったとすれば、その初心をなくしたくないもの。

「変わろう」とするエネルギーが巻き起こすストレスに負けないようにするには、やはり「めりはり」が必要だと思うのです。
「よし! ここまでやった!」- その「めりはり」が。

 

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