今だから分かる・分かっておきたい、親の思い & 子の思い

親である前に、子どもだったことを思い出せますか?

スポンサードリンク

私の父は7人兄弟の下から2番目 - 兄3人、姉2人、妹1人を兄妹に持ち、男兄弟の中では末っ子でした。母も兄弟6人、両親を入れれば8人構成の大家族でしたから、どちらが取り立てて兄弟が多いということはなかったのでしょうが、今の私たちの感覚からは想像ができない大家族という感じがします(もちろん、もっと大勢の家族構成だってあるわけですが)。

よく、性格判断のような話として、長男長女の性格の傾向とか、末っ子にありがちな性格というようなことが言われますが、家族の多い少ないということも、人の家族観や親子観に影響するということがあるでしょうか?

なぜそんなことを考えいるのかと言えば、父と思いを共有するところが少なかったなと思うから。思いを共有するというのは、どんな気持ち、どんな考えでいるのかを話し合ったり、聞いたことがあったかというくらいの意味でしょうか。

私が親子とか家族というものを意識するようになったのは20代半ばだったような気がします。給料をもらって自分で自分の口を養えるようになったかなと漠然と感じるようになるのと、結婚とか、親もとを離れての一人住まいや独立、結婚とか親子や家族を思うようになったのとがだいたい同じ頃だったように思うのです。

その後父のもと - つまり、実家で8年弱を過ごしましたから私の年齢は30歳を超えていましたが、どうも父の考えていることが分からないままだった - 「理解できない」以前だったのが残念ですが - という感じがします。

sharing your mind with your child
(c) Can Stock Photo / lucidwaters

父親は家族の中でも孤独なもの!?

父の親子観、家族観が見たとおりだったのだとすれば「ああ、そういうものか」と思いもしますが、それを私が私の言葉に置き換えると、「家族の中でも父親というのは孤独なものだ」 - そんな感じでしょうか。

私が持っていた感覚では、子どもにとって両親というのは敷居の高い存在 - 特に父親は別格の高さでした。有無を言わせない威圧感? 超えることのできない正義? というようなものを感じながら対面する存在だったのです。

家族の中でも孤独な、敷居が超高い存在 - さらに言い換えれば、「分かち合う」という感覚の持ち主ではなかったということになるのでしょうか。
ただ、夫唱婦随とか家長という言葉に人一倍憧れが強く、それを実践したいと思っている人だと思わせる面もあったのですから不思議なものです。

ただそのふたつは、「分かち合うのではなく関白でいたかった」のかも知れないと捉えてみるとぴったり重なってしまうようにも思います。もしかするとそれが正解かも知れませんが・・・^^;

家族のそれぞれの思いを受け止めるよりもまず自分の思いを通したかった!? - もしそうだとすると可哀想なことをしたなという思いになります。

なぜなら、自分で自分の口を養えるという自覚を持ったころから、父を別格に高いところの存在と思っていた私の方の意識が、父親の目線と同じ高さになってしまっていただろうなと思うからです。
そもそも「分かち合いたい」というのも、「分からない」とか「理解できない」ということ自体、目線が同じになっていますよね^^;

スポンサードリンク

7人兄妹、その男兄弟の末っ子だった父と、その父の第1子・長男として生まれた私。

父と私の間には、たとえば、末っ子あるある・長男あるある的なギャップがあったのかも知れないと思うと、どんな親子関係だったかが納得できそうな(できてしまいそうな)気がします。

だからと言ってもう取り返しはききませんが、少なくとも私のわが子に対する目線とか姿勢を見直してみるヒントにはなりそうに思えるのです。

スポンサードリンク

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です