自信の持てる日常を過ごすために

逃げるための安心ではなく、自分で歩くための自信を

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身辺整理のきっかけは

身辺整理の新しい意味とポジティブな姿勢

もともとは、人生の終わりやそれまでの生活を手放さなければならないような事態を目前にして、身の周りのあれこれを整理しようという、今で言えば後ろ向きな動機で取り組むのが身辺整理でした。

今では、結婚とか退職といった人生における大きな出来事を機に、一新した気持ちや環境で生活を仕切り直そうという、より前向きな意味合いで使われることが多くなったのですね。

個人的には、このポジティブな意味が示すものを身辺整理と呼びたいと感じるのですが、もしそうだとしても、身辺整理のきっかけは自分の中から湧き上がるものではなくて、外圧に促されてということがきっかけになることが多いのではないかなとも感じます。

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(c) Can Stock Photo / anirav

身辺整理で目指すもの

かく言う私の身辺整理は、両親の最晩年に立ち会ったことに触発されたものでした。
病につかまってしまい、自然に旅立つことができなかった - 両親の姿にはそんな感覚が残っています。その感覚がきっかけだったように思います。

病気になってしまうこと、大きなけがに見舞われること、そのこと自体はあっても不思議はありません。人生はそんなふうに、ふいに終わってしまう(と感じるほど性急な)こともあり得るということも受け入れることができます。
それでも、もう少し別れを分かち合うことはできたら - 胸に残った少しの残念さ、”隙間” のようなものを分かち合っておけたらと感じたのです。

憑りつかれてしまわないこと

すべての心配や不安をなくしておくということはできることだとは思っていません。明日が分からないのが人生というものですから、すべてに備えておくなどということ自体、無理な話しです。

けれど、避けることができないと分かっていることがあるのであれば、そこへの意識はなくさないでいるべきかもしれない。今はそう思っているのです。ですから、自分の立ち位置を確認しようとしているのが今の私にとっての身辺整理なのだと言えるでしょう。

持ち物を整理しておくというような実際の活動は、その意識を持ち続け、その具体的な意味 - 本当にやるべきは何なのか - を理解するための呪文のようなものかも知れません。必ずやらなくてはならないと分かっていることですから。

そして動機の中で一番強力なのは、時間かも知れません。
掃除や草むしり、修理といった実家の日常の管理やそこに詰まっていた40年近い時間を遺品整理という形で経験したのですが、そうした整理は、自分の時間と体力なしにはできることではない - それを強く感じていたからです。

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いずれにしても、整理するということが心配や不安をなくすということになってしまわないように。憑りつかれてしまってはいけません。
何といっても、その先の暮らしをより自分らしく過ごせるように、そんなポジティブな動機で始めていることなのですから。

逃げる意味の安心ではなく、自ら取り組むための自信を求めるもの。それが身辺整理だと感じているのです。

to be continued …

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