一点を見つめている - それが決心というもの
人工透析は受けないという選択をして、余命宣告で示された残りの時間を頼りに残った時間をどんなふうに過ごしていけばいいかを考える - 義母が思い描いている明日はどんなものだろう、そう思います。
私の母が、残された時間を少しでも長く生きなくてはいけないと感じて、がんの手術を受けるという選択をしたとき、母が思い描いていたのは
手術を受け → 抗がん剤治療を受け → 診断・検査を受けながら → 闘病の辛さを乗り越えれば → 残された時間を可能な限り長らえた生活を過ごせるはず
そんなものでした。
断言できるほど本当に母の思いが分かっていたかと言われれば、そうでない部分もあったのかも知れません。
けれど、一番近くにいて、私はそう感じていました。
そのときに感じていたものを、家内から間接的に聞く義母の言葉や行動に感じているのです。
今のまま、定期的な診断と薬の投薬だけで透析を受けずにいれば、残る時間は1年か2年… その間に少しずつ体の機能が弱って思うように動けなくなるだろうと…
その言葉のとおりに自分の残り時間を想像して、その残り時間がまっとうできるようにと、自分で作る食事も医師にもらった食事のアドバイスを忠実に守って作っているのです。
一点を見つめている - それが義母の、人工透析は受けないという決心の意味なのです。
想いをまっとうさせてやりたいと思うからこそ
介護認定を受けておく気はないかという家内の言葉に、自分はまだ自分のことはできているから大丈夫だと言っているといいます。
子どもに迷惑をかけたくない - そう言っていた言葉のとおりであれば、そしてそのためには、今から考えておかなくてはいけないだろうかと捉えることができたとすれば、そのときのための準備を自分で考えることもできるのかも知れません。
義母はきっと、介護認定を自分で自分のことができなくなった最後の最後に頼るものだとイメージしてしまっているみたいだと家内は言います。
本当はそうではなくて、自分の体にも優しく生活できる可能性があるはずなのにと。
自分は大丈夫だと言う一方で、義母はこれまでは決して自分からは言わなかったことを口にするようになっているように感じます。
たとえば、日常の買い物の手伝いを家内に頼んできたりすることもその一つです。そして、若い時に訪れたことのある公園はここから遠いだろうか、今の自分の体で行くことができるだろうかと言ったそうです。
自分でやらなくてはと頑張る気持ちが「自分は大丈夫だ」という言葉になり、どこまでできるか・どうすればいいか、そんな迷いのような思いが昔訪れた公園への思いとして言葉になっている - 家内にしてみれば、義母の想いひとつひとつを叶えて、”これができた” と言って喜ぶ義母の顔を見たいのだろうと思います。
子どもの方から “こうしようか?” と声をかけても迷惑をかけられないと言い、”こうしたい” という想いがたとえできないものだったとしても、だめだったね、残念だったね、また次の機会にやってみようね と分かち合うこともままならない - それほど、自分というものにブレーキをかけて病気の体のところに帰ってしまうのが、とても切ないだろうと思います。
ただ、子どもに迷惑をかけたくないという想いと、医師の診察・診断を信じて自分を選ぶという覚悟を自分の生活で実践しようとしている - それだけで十分頑張っていると思わなければいけないのだろうね - そんなふうに家内と思いを確認し合いました。
だから、家内も私も今まで通りでいいと。
やってやれることはないのだろうかと自分を責めたりする必要はない。義母の言葉ひとつひとつを受けとめて問いかけたり、何かを手伝ったり、一緒に考えたり、言葉を交わしたり、ただ時間を一緒に過ごしたりしている - それで充分だと。
自分の体と向き合う義母の思うことや話してくれること、そして義母の普段の様子やこれから起こるかもしれないことへの心の準備 - そのすべてをやっているんだからと。
義母の想いをまっとうさせてやりたい - そう思うからこそ、自分にとってではないんだということを忘れないようにしよう・忘れないようにしてやりたいと思うのです。