少し前までは分からなかった介護の新しい形
最初にこのことを確認したり、まとめようとしたのが両親を見送っておよそ2年経った2016年の春。その時の経験や記憶がまだはっきり残っているからか、今度は自分の家族のため、どんなふうに自分の準備をすることができるのだろうかと考えなければと思うものですから、その当時から自分の周りを見回してみようとしてきました。
すると、在宅介護、在宅緩和ケア、さらにはおひとりさまでも・・・という情報がずいぶんたくさんあることに分かりました。
2010年前後、父や母の最晩年の頃にはどうだったのだろうか思うのですが、地域性もあるのでしょうか?
あるいは本当にこの4、5年の間に情報が増えてきたということなのでしょうか。目にする情報の多くに15年、あるいはそれ以上前から在宅医療の推進に取り 組んでいるとか、在宅での看取りを続けてきたというものがあるのですが。
そのことが私にとっては違和感でした。
母の最晩年、いつ大きな出血が起こるか予測ができない、その出血が起こってしまえば多分、その時が最後になるだろうと言われながらも、もしもの時にはがんセンター&日常は在宅介護という組み合わせで自宅で過ごすこともできると教わってあれこれと申請手続きを進めたことがありました。しかし、それぞれの施設に相談に乗ってもらっても、がんの終末医療として在宅緩和ケアという選択肢があるという話しはついぞ聞いたことがありませんでした。
私自身もそれぞれの施設の専属部門の人たちと話しをする以上の時間を割くことができなかった、今のようにインターネットを使って事細かに情報を得ようとする時間はなかったということはあったように思います。だから、医療・介護に携わっている人たちと話していて聞こえてこなかった情報はやはり、そこにはない情報だったのではないかと思わざるを得えないのです。
コミュニケーションに潜んでいるギャップ
インフォームド・コンセントのところでも考えたことですが、相談をするにしても、話しを聞くにしても、医療や介護サービスがそうであるように、話しの進め方には一つのパターンがあるということに気をつけなければいけないだろうと思います。
選択肢(オプション)は色々ある。けれど、患者本人、あるいは家族はどうしたいと思っているか - そこから話しを始めようとしますから、たとえば
「普段は自宅で過ごして、定期的にとか具合が悪い時に診てもらうことはできるのでしょうか」と
がんセンターの先生に相談してみたときにもらった答えは
「もちろん急患としてでも対応はできますから安心してください」というものでした。
担当医としてできる対応という意味で話しが進んでいた訳ですが、自然と言えば自然、当然と言えば当然な流れです。
ところが、がんセンターとは別の在宅介護のサービスを提供してくれる施設との話しは、母の病気の経緯と現状を確認することろから始まりました。介護を必要とする人ががん患者である場合、介護サービスで施すことができる医療には限界があってすべてを対応することができないという条件があるというところが出発点になったのです。
たとえば、栄養管理のための点滴のボトルやバッグの交換とか、点滴の針を血管に刺す、あるいは抜く - どれが資格を持って行うものか、家族でもできることかは簡単には分かりませんから無理もないことだったように思います。
患者と家族はどんな生活を望んでいるか、そこから話しを聞いてもらわなければいけなかったのだろうと思うのです。そうして初めて、がんセンターの担当医ではなく、どこそこの某先生であれば在宅での緩和ケアを行ってもらえるはず - 終末期のがん患者には医療と介護の両方が欠かせない、万一の時だけでなく一定の間隔で診てくれる医師の存在が不可欠なのだ - そんな話しに出会え、話しの流れになっていたのかも知れません。
安心のための学習
もし、家族が終末医療を必要とするような状態になってしまったとしたら - 実はそれよりもはるかに前の段階で、その時にはどう支えるかという、イメージをもう少し具体的にしたビジョンを持っていないとなかなか行動はできないだろうと思うのです。
要介護度の申請から認定だけでもおよそ1ヶ月の時間がかかります
(がん患者の場合、その認定が間に合わないという事態を減らすため、認定発行までの時間短縮が図られているという話しもありましたから、今はもう少し短くなっているでしょうか)。
それは今でもほとんど変わっていないようです。
そのことだけでも、知っておくべき基礎知識はずいぶん幅広く、かなえてあげたい希望のためにもそした基礎知識をある程度は押さえておきたいと思うのです。