どんな生活をしたいか、どんな健康状態か… 思いや条件は人それぞれだけれど
母のがん闘病に付き添っていたとき、実際面はもちろん心理的にもとても助けられたのは国民健康保険から移行して施行されていた後期高齢者医療制度。
これは後期高齢者医療制度そのものが良い悪いというはなしではなくて、国民皆保険の現状はこういうものなのだな、だからこの金額なのだなと実感できたという意味です。
造影剤を使ったMRIの検査、PET検査、CTによる検査、レントゲン、血液検査・尿検査、そして薬にかかる費用 - 多い時には月に10回近い回数、がんセンターに通い、診察や検査を受け続けても千円札を何回出しただろうかと思うほど。80歳を目前にしていた母の医療費は年金だけを頼りにしていた母に見合った額で済んだのです。
がんの摘出手術を受けるのさえその金額を想像し、恐れて通院をあきらめようとしていたと母は言っていましたが、入院費のほとんどが手術や診察、薬の費用より、いわゆる差額ベッドの費用の方がはるかに高いという内容でした。
言い換えれば、年金だけを頼りに暮らしているという経済力では蓄えがなければ(母は自分だけの力では)差額ベッド代を払うのに苦労したのではと思う金額だったのですが、その支払いをカバーしてくれたのが県民共済と某保険会社と契約していた医療保険でした。
県民共済に支払っていた掛け金は保険会社の医療保険の2/3に満たない金額でしたが、支援してくれる入院期間の長さでも、入院1日あたりの保証額はほぼ同等、そして最終的には県民共済の死亡保険金に助けられて両親の墓ができたようなものでした。
両親を送ったあと、私は保険をはじめとする自分の身の回りの確認や持ち物の整理をあたりまえのような感覚を持ってはじめたのですが、母の最晩年に過ごし、感じた不安や怖れは置き場所が必要なんだなというような感覚があって、自分も県民共済に加盟しました。
ただ、その県民共済もほかの保険とのバランスなども含めてさらに今一度、見直しが必要なように感じています。
やめるやめないは二の次にするとしても、本当に必要なものかどうかの確認です。
妻子のいる夫は、いざというときに自分が生きていたときと同じような生活ができるだけのお金を残そうとします。家族を思う優しい気持ちです。気持ちは嬉しいものですが、「いざ」というときのために払っている毎月の保険料(掛け金)のおかげで「いま」の生活が苦しく大変になってしまうことが多すぎます。
ところで、妻と幼い子どもが残されたら、いったいどういう生活をするでしょうか。
家族形態がかわるわけですから、いまの住まいを引き払って、しばらくは両親と一緒に住むという選択をするかもしれません。子どもたちもそろそろ中学生というのなら、妻はもう一度社会復帰をするかもしれません。
きっと、いままでとは違った生活をするはずです。必要な生活費も変わってきます。夫が亡くなれば、夫の衣類や小遣い、その分の食費もビール代も必要ありません。
つまり、いまの生活費を考えて保険に入る必要はないと思うのです。出典: 佐藤晴彦 氏著・『年収300万~700万円 普通の人が老後まで安心して暮らすためのお金の話 (扶桑社文庫)
保険の見直しは、自分の年齢を確認する - させられてしまう、という感覚も含めて - ちょっと複雑な気持ちにさせられる作業です。少なくとも私にとっては。
私も結婚を機に、また子どもの誕生を機にと、自分の万一のときに備えて保険を考えていました。”たし算” はどこか誇らしいものがあって、仕事や生活に対するモチベーションも高く維持できるという手ごたえがあったように思います。
しかし、子どもが成長し、自分(父親あるいは両親)は必要なときにいてくればいいという年齢になり、あるいは保険を自分で賄える年齢になれば、親は徐々にそうした備えの規模を整理・縮小して自分のための備えに切り替えていかなくてはならない。そこに一種、さみしさを覚えたりするのですね。
ただ、佐藤氏が言われている 「生命保険 - いざというときをもっとリアルに想像しよう」 の意味が分かるだけに、しっかりとした見直しをしなければ、と思うのです。
to be continued…