何のための仕事だっただろう?

主人公とマックスの話しは、「成功」を求めて展開されていきますが、私たちのように、より良い仕事、仕事のあるべき形や姿を求めながら聞いていると、その話しの行方がイマイチ判然としないように感じます。
なぜなら、読めば読むほど、マックスの言葉に耳を傾けようとするほど、私たちにとっての常識が否定されてしまうからです。

成功に必要なのは目標であり、計画だと信じている主人公はマックスに向かってこう言います。

「目標がなければ、進歩の度合いをはかることができません。それはつまり、軌道修正ができないということです。あなたの考えはただ <あちこちに飛んでいる> だけだ」

この言葉は私たちみんなの思いを代弁してくれていると言っていい言葉です。

ところがマックスは、目標を設定するからマンネリ化するんだと言います。そして、彼が目標にしているのはただ一つだけ。

“明日は今日と違う自分になる”

ということだと言うのです。

目標+計画が私たちには邪魔になる?

私たちがイメージしている仕事 と 主人公&マックスの二人が語り合っている仕事 - その間にはどんな違いがあるでしょう?

たとえば、経営目標という言葉がありますが、経営者が自分が実現しようとしている本来の目標=経営目標、そしてジグソーパズルの完成形だとすれば、私たち従業員が自分の役割りとして与えられ、果たそうとする責任=目標は、ジグソーパズルのピースのひとつ。

そうなのです。主人公とマックスはジグソーパズルを見ながら話しをしていて、私たちは私たちが置かれた立ち位置で日常的に触れているピースの方を見ているのです。

それに気がつくと、マックスの言うマンネリ化という言葉の意味が分かるようになってきます。目標を達成すること - ピースの位置を確認すること - が目的ではありませんね。「管理のための管理」という言葉がありますが、目標や計画があるということが、本来目指しているものを分からなくさせてしまうということを言っているのです。

目標+計画は後付けの理屈。ならば、動機はどこにあるか

しかも、順序が違うとマックスは言います。いや、だからこそ、順序が違いことに気づかなくてはいけないと言っているのかも知れません。

彼らが発見したのはね、会社をどんなふうにまとめあげるかなんて <重要じゃない> ということだった。結論はこうだ、『画期的な成功というものは、それに値する仕事がなされようとなされまいと、収めることができる』
十六の企業は、待つべき姿勢をしっかり育てて、それから画期的な成功を収めたんじゃない。画期的な成功を収めて、それから持つべき姿勢について、もっともらしい話しをしたんだ

つまり、目標を達成するために計画を立て、それを実行することが正しい手順だと思っているのは、あとから付けられた解説が刷り込まれているせいだと言わんばかりです。
計画とか手順ではなくて、まず、何とやりたいかそれが大事なんだと言っているのです。

 

私たちの常識がすべて否定されるような違和感、感じてあたり前だと思いませんか?^^;

主人公とマックスルのこのブレーンストーミングにしっかりとついて行きたいと思いませんか?