おひとりさまを取り囲む事情は変わっている - 自分はどんな準備ができるのか

10年経つ間に、おひとりさまの事情はどれくらい変化しているのか

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自分の老後、晩年に備えるという意味で周りを見回してみると、こういうものだったのかと認識を改めなければならないことはもちろん、その変化がどんどん進んでいる様子にちょっとびっくりします。

今さら言うことではないということが分かっていても、医療•介護一括法という法律の導入があったりしたので余計でしょうか。自分なりの具体的な対応が右往左往しかねないという心配をしながら最新の情報を追いかけるのに四苦八苦しているような気がします。

一般の有料老人ホームは、「生活的自立ができること」を入居の条件にしているところが多い。それならたんなる高級なシニア住宅というだけの話。要介護度が重くなった高齢者には「介護室があります」と胸をはるが•••

(中略)

せっかく終の住処と選んで移ってきたのに、要介護の状態になれば個室から移動して、介護人のつごうに合わせて一ヶ所に集められる。

そういう有料老人ホームで、さらに「ターミナルケアは?」と聞くと、「安心です、提携している病院がありますから」と答えが返ってくる。つまり終末期は病院で迎えることが最初から予期されているのである。

上野千鶴子著 『おひとりさまの老後』

老後は、自分の健康状態、意識状態によっていくつかの区間に分けて考えなければならないのだなと、少しずつ具体的なイメージが持てるようになってきたと思っているのですが、上野氏の著書に語られていたように、最後は病院や施設を中心に考えなければならない・考えておかなくてはいけないのではないかと思ってきた自分の老後やその先の心配が、今では、今日の生活の延長線上につながってきたと感じるようになっています。

終の棲家をどこに求めればよいだろう - その話題は今、”在宅での見取りはここにこんな先生がいますよ”、”最後の瞬間はこうして迎えることができるのですよ”、”在宅医療はこれだけのお金で賄えます”、あるいは “あなたの近くにこういう医療支援をしてくれる病院・先生が存在しますか?” などと、より一層具体的なものになっています。

上野氏の『おひとりさまの老後』が平成19年7月に第1印発行だとすると、やがて10年になろうという年月が経っていることになり、おひとりさまの事情もその間にずいぶん変化してきたのだということでしょうか。

loving yourself and live alone in your golden years
(c) Can Stock Photo

おひとりさまで暮らしていく上で気をつけなくては危険もあるし、関連する社会の仕組みの中にも知っておかなくてはいけない死角や問題点がある。そのことをしっかりと認識したうえで、どのように暮らしてゆきたいか - 自分の思いを恐れずに実現する勇気を持ちなさい - そんな励ましといっしょに数多くのケースを紹介してくれた上野氏の『おひとりさまの老後』は、その自分の老後のイメージをさらに具体的にするために - まずは、やがて訪れるひとりという時間とその先の死というものを、あたりまえのこととして前向きに捉えよう、備えようという1つの標識になってくれたような気がします。

つまり、今私たちの周りにある - より具体的な情報とか考え方から1歩踏み出した - 実際の環境は、あたりまえのものになろうとしている、そんな気がします。

医療•介護一括法の導入などもあって、病院はある条件、ある症状の人たちのための場所になるのかも知れない。それ以外、「自分のことを自分でする」ことを前提に、「自分でできる」ように維持すること - 上野氏が語っていた 「一般の有料老人ホームは、「生活的自立ができること」を入居の条件にしているところが多い」という傾向が、みんなが認識しておかなくてはいけない、病院の原則になってきているということでしょう。

10年前の上野氏の『おひとりさまの老後』に感じた 「自助努力を怠ることはできないのだ」ということが、さらに現実になってきたということなのかも知れません。

すでに多くの方が経験しているのではないかと思いますが、父の大腿骨骨折のときにも、母の転移がんへの対応のとき - まだ3年、4年前というごく最近のことではありますが - 医療を求めていたときにも、「ここまで」という線が引かれていることは身をもって確認してきています。

大腿骨骨折は人工関節との交換が終わり、体がその新しい”部品”を受け入れたということが確認できれば、退院をしなくてはなりません。まだ十分にリハビリに対応できない患者をうまくリードしてもらえないかと思っても、治療とリハビリは別のものです。

がんも治療ができない最終段階に入ってしまったとなれば、治療そのものがないのですから、輸血を終え、生気を取り戻すことができたら自宅へ帰らなければならない。いつ大出血が起こるかも分からないが、起こったら治療はできる、それまでの生活をどうするかはソーシャルワーカーと話し合ってください - つまり、そうした自助努力を前提にしているのが医療・介護の仕組みの真ん中にあるのです。

何が医療で、何が介護なのか、その学習をしっかりしましょうという言い方もできるかも知れません。がん患者のための介護支援というつもりで相談をしてみると、医療の支援(判断と許可)がなくては、成り立たないということが起こります。つまり、看護と介護の境がどこにあるかという問題です。

『おひとりさまの老後』で示されていたのは、今どんなケースがあるだろうか、そこにはどんな問題があるのか、特に私たちにどんな思い込みがあるのか - その思い込みはどう考えればはねのけることができるのかという方向性が語られていたように思うのですが、たくさんのケースが挙げられていても、自己責任で判断し、実行すること - 間違っても、これがベストだという正解が語られていたわけではありません。そういう意味での「1つの標識」なのです。

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5月24日、「クローズアップ現代プラス - 身元保証人を頼めない 住宅も病院も入れない」という特集がNHKで放送されました。身元保証してくれる人なしには賃貸契約はもちろん、施設への入居もできない。身元保証をサービスとする民間企業が倒産することで、そうした不安を抱える人が多いことが浮き彫りになったという意味合いの内容でした。ご覧になった方も多いでしょう。

それぞれの社会組織サービスやその運用の仕組みは今でも十分に? 複雑なものですが、その “細則” や “実際” は変化し続けている - 少なくとも、その認識を持つことは必要だということが分かる例だったろうと思います。

『おひとりさまの老後』で語られていた数々のケース、選択肢の話しが楽観的に過ぎた時代だったと言いたくなるほど、現役を引退し、老後を過ごそうとする者に求められる「自助努力」が厳しさを増していると感じますが、身元保証を求める必要があるのは複雑な仕組みのどこなのか、どう対応できるのか、対応がむずかしいとしたら別の手段があるのか - そうした「自助努力」の実際を知ることをあきらめないたくましさ、必要ならば助けを求める柔軟さを持つことが必要だと感じます。

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