結婚観と終活の関係は - 男は責任をとるもの?

夫唱婦随という言葉がありますが、そのひとつの形だったろうかと思います。
妻は夫に従うべき - ではなく、まず、夫は世帯主であれ、世帯の責任を背負う存在であれというニュアンスだったように思います。

妻が自分を立ててくれる性格であるか、何かと対立する強さを持った性格であるかなど妻との関係はどうあれ、まず夫が自分の世帯のありように責任を持つ覚悟で暮らしなさい - そんな意味だったのです。

Values that connect the couple
(c) Can Stock Photo / Yukikae

その時代がそういうものを求めていたのか、あるいは私の友人、あるいは先輩たち、親たちにそういう人たちが多かったか、さらには私が暮らした地方独特のものだったのかは定かではありません。けれど、男は責任を問われるもの、そんな感覚があって、そんなふうに夫唱婦随の意味を解釈していたと思います。対する女性の側の価値観はどんなだったか、それは私も連れ合いに確認してみなくてはならないのですが・・・^^;

初心のままに

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夫唱婦随がいいとか悪いとかいうことではありません。
私の結婚観はそんな感じのもので、時代の価値観がブレンドされてきているなと思うのだけれど、見事にひと昔の感覚でバランスを保ちながら今に至っているなぁと思っているのです。

そのバランスを保ってくれているのはもちろん連れ合いにほかなりません。
連れ合いもまた子ども誕生や私の両親との別れなど、いくつもの家族史の中のイベントを通してオリジナルの価値観を少しずつ変えながらも、私とともにバランスを保ってきてくれているのです。

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夫唱婦随 - その価値観、結婚観、あるいは夫婦観とい言ってもいいでしょうか - の感覚を昔のまま? に、身辺整理とか老後という言葉を意識する年齢になっても考え方は変わっていないように思います。

その良い例が、自分がいなくなったときの妻や子どもを守ることができるのだろうかという思いで進めている私なりの終活です。今の生活を充実させることがまず先だろうと思いながらも、さらにその先を考えている。

ちょっと考えれば、あまり多くを求めすぎだろうとも思いますし、死んでまで自分の思い通りにしようと思っているのだろうかと自戒の念が浮かんだりもするのですが、はたして男として取るべき責任てどんなものでしょう?

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