人生100年時代を生きる ということ - NHKスペシャル

どこまで自分たちの人生を決めることができるだろう

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NHK スペシャルで放映された「人生100年時代を生きる」の2回目は、「命の終わりと向き合うとき」。

終活とか介護、あるいはごく普通の、歳を重ねるということを考えたり感じたりしたときに思うのは、
命は生きるためにために生きている
ということ。

ちょっと変な表現に感じるかも知れませんが、「命」とか「生きる」ということは、「死ぬ」ということを前提にしてはいないという意味です。

「限りある命」ということは、理解できているはずですね。生きていく、暮らしていくということは、そうした状態がいつか終わる - そのことは、理屈として、知識として理解はしている。ところが、実際の生活、普段の生活は、それがいつか終わりになるということを前提にして暮らしてはいない… そう感じているのです。

私はそのことを、母の闘病と最晩年の暮らしを通して身にしみて経験しました。
どんなに望んでも避けようがない終わりが来る - しかも、それがいつなのかは私たちには分からない… そんなふうに最後の瞬間に向かっていくものなんだと思ったのです。

その最後を前提にしたのでは、普通は、生きていく力を出せるものではない… そう思うのです。

だから、よく考えてみると、終活というものを真正面から見つめられるようにという思いは、今を悔いなく、充実して生きられるように - つまり、生きるためのものなんだなとも思うのです。

それがいいとか悪いとかいう話しではありません。

考えて、言葉にして話し合って、備えられないか。そんな思いを共有するという意識を持てたとすれば、それだけで終活になる、終活の一歩を踏み出せると思うのです。

覚悟をして、待ち構えるようにして最期に立ち会っても… 生きる望みがないと頭では分かっていても… 母をホスピスに転院させると決断するのも、ホスピスでの輸血をこれ以上はしないと決断するのは簡単なことではありませんでした。

だからこの番組で取り上げられていた「思わず救急車を呼んでしまって、望まない延命処置をすることになって…」という話しが、私には、人ごとではなく聞こえるのです。見守る家族全員が気持ちをつないでいなければ、乗り越えられないかも知れない… 思わず救急車を… と反応してしまいかねないとさえ感じます。

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最後、亡くなるときにはどんなことが起こるのか。
そのことを丁寧に、ひとつずつ説明してもらっても、そのとき、冷静さを保って見送るには心のシミュレーションがどうしても必要だろうと思います。

自分の思い、気持ちを言葉にして家族に聞いてもらう - 私はそうやって自分を保っていたように思います。母本人に代わって「延命処置はしなくていい!」という母の思いを実現するために。

だからもっとそのときのこと、話したいと思うのです。

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