親孝行したいときに親はなし - その意味を話すとしたら

まだ小学生だったのではないかと思うのですが、母は「親孝行したいときに親はなし」という言葉を教えてくれたことがありました。

親の言う事をよく聞いて、親が何を言おうとしているのかを理解できるようになること。
そして、子どもには、その親の思いに応えることが必要なのだ。
親の思いに応えることが親孝行につながる、それを忘れてはいけない。
親の思いに応えることができないままでいると、いつの間にか親がいなくっていたということにもなりかねない。親は子どもより先に他界するのが普通なのだから…

そんなふうに母の話しは続いたと、今でも記憶しているのですが -
実際には、それが中学生になってからのことだったとしても、母はどんなことを私に教えようと思っていたのだろうと考えることがあります。

自分の子にそういう話しをしたろうか? と自分を振り返ってみると…
「光陰矢のごとし」を教えた記憶はありますが、
親孝行しなさい - つまり、私に対して孝を尽くしなさい! とは教えたことはないと思うのです(姪や甥に向かって、親孝行を忘れずにいてほしいと言ったことはあります)。

「親孝行したいときに親はなし」の言葉は…

子どものときには理解できなかった親の思いも、自分が成長し大人になり、あるいは人の親になると分かるようになるだろう。けれど、そうして親の思いが理解できるようになり、その思いに応えたいと思ったときには親がこの世にいなくなっていることが多い

おおよそそんな意味合いではないかと理解していますから、母が語ったのは、その意訳だったなと思います。ただ、それにしても、この言葉は、それで終わりなのだろうか? というのが今の私の感触です。つまり…

この言葉が、親子の間の常を言っているのだとすれば、

今は親の言っていることが理解できないとしても、時間が経って、自分が人の子の親になれば理解できるだろう… そのときには親は高いしているだろう、それほど親子の間には長い時間の隔たりがあるのだよ!
ということになるでしょう。

親の思いを、親が存命中に親と分かち合うことはできない、そのことが年を重ねた今分かっただろう!? と言っているとすれば、これは大人に聞かせる言葉ですね。

一方、もし子どもに聞かせる言葉だとすれば
今君の親はとても大切なことを教えようとしている。けれど、今君にそれを理解できないとすれば、君が大人になって、おとうさん・おかあさんと呼ばれるようになる必要があることだからだ。だから、今君の親が語った話しを忘れずにいるのだよ!
ー そんな意味合いになるでしょう。

しかもこれは、親から子に語るものではなくて、第三者が子どもに向かって教えることだろうと思うのです。

母はどんなことを私に教えようと思っていたのでしょう??
今の私には記憶がはっきりしなくなっていることではありますが、もしかすると、母は 私と父 の間を語っていたのかも知れません。

「親」を「父」に、「子ども」を「私」に置き換えて、父の言う事にしっかり耳を傾けなさいと言っていたとすれば、それは中学も終わりの頃だったのかも知れません。

もしそうだったとすれば、今の私は、

  • 自分がどんなことを感じ・考えていたかを思い出すことができるし
  • そのときの父の思いや
  • 父と私を取り持とうとした母の気持ちも
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理解し、思いやることができます。

そして確かに、両親が共に他界しているという現実を思えば、「親孝行したいときに親はなし」の言葉の意味も理解ができます。

そしてさらに、この言葉が子どもに向けたものだったとすれば酷な話しだと思うし、親や大人に向けた慰めの言葉であってほしいと思うのです。

 

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