余命宣告を受けたとしても - インフォームドコンセントのその先は

自分の意思、その裏と表

義母が慢性腎不全という診断を受け、人工透析の必要を説明され・勧められたのにも関わらず、
自分にはそうした延命の必要はないと人工透析を拒否して…

人工透析をせず、患者本人の体調に大きな問題がないとすれば、余命は2年ほどになってしまうと思います、との宣告を受けた義母。

どんなふうに過ごしてきたかを大雑把にまとめてみると…

私たちが知っているそれまでの義母と同じ義母として話しをしたり、病院に通ったりできていたのは、余命2年の診断に対して最初の1年ほど。そしてその頃、特に警察署の支援を要請せざるを得ないと私たちが考えた頃には、認知症と思われる症状が重くなっていく一方でした。

病院(主治医)を3か所に渡って変更し、泌尿器科や精神科の受診のことごとくを拒否するようになったのもこの頃でした。

2018/09診断 泌尿器科余命宣告を受ける
2019通院 泌尿器科
(老人施設の検索開始)
2020/01(警察署の支援要請)認知症らしい症状重く
尿毒症
(保健所の支援)
2020/03手術 泌尿器科人工透析のためのシャント
2020/07(老人施設から連絡)(家に帰りたい)
投薬 精神科
2020/10余命宣告の “2年” 終了
2020/12発熱外来 受診体温 37.6度
2020/12入院 泌尿器科尿路感染症
2020/12(主治医の説明)水腎症、多剤耐性菌 確認
2021/01退院

患者本人はどう過ごしているか

どういう考えで義母は人工透析を拒絶していたのか…
その真意を確認したいという思いが、家族にとっては一番悩ましいものでした。

慢性腎不全 = 死 というイメージを持っているようでしたが、「人工透析をしなければ…」という、自分の身体についての説明をどれほど理解していただろう?? - 義弟を中心にした子どもたちは、その感覚に自信が持てなかったからです。

「もし自分が扱いきれないような状態になったら施設にでも入れちゃってね」と
言っていた義母の言葉も、実現しようとすれば、
「みんな自分をきちがい扱いして施設に入れようとしているんだろ!」というありさまだったのです。

ただただ人様に「こうしたほうがいい」と言われるのがイヤだというだけで、病院の受診や投薬その他の処置を拒絶しているのではなかろうか… そう思わせる素振りがそこここにあったということもあったのですが、腎不全の症状から来る尿毒症が引き金になっているせん妄なのか、あるいは認知症が進んでいるのか、私たち子どもには判断できなくなっていたようにも思います。

それだけでなく、保健所から来てくれたプロが相手でも、義母の反応は頑なになるような面もあったのです。

患者本人の意思というのは

それでも子どもたちにとって大事なのは、義母の体調や容態を主治医と話し合い、あらゆる可能性を考慮して本人に提案しようとしても

子ども:「~してほしい」「~することが望ましい」⇔ 患者本人:「やだ!」

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という状況にある中で、どうすれば患者本人の意思を尊重しながら子どもの提案を実現できるか、ということです。

一重に、どこまでが本人の意思なのか、どこから先が(保護者としての)子どもたちの権限で進めてよいのか・勧めるべきなのかの線引きを確認したい思いです。

子どもたちの提案がなぜ・どれほど必要なのか、義母の立場として確認する姿勢を無くしてはいけないでしょう。

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