楽しんでこその仕事! と言えるだろうか - 『仕事は楽しいかね?』

私たちの仕事の上の習慣はどこからきているだろう?

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目標を確認し計画を立て、その計画に沿ってタスクを実行し、定期的に計画の進捗を確認する。予定のタスクを予定のスケジュールでこなしたあとは、計画と実績を比べて成果を確認し、成果が不十分と思われるところは計画や目標、あるいは手順を見直す。

たとえば私は、そんな目標管理の方法を訓練されてきた人間です。いつの間にかその手順や使われている言葉、イメージなどが体に染み込んで習慣となっていると思うのです。

その習慣の中で「仕事は楽しいかね?」と聞かれたとしたら、きっと答えに困るだろうなと思うのです。
その一番の理由は、目標管理のような仕事のためのルールとかツールとか言われているものに「仕事を楽しむ」という目標がないということでしょう。仕事の上の問題の確認とか課題の達成と「仕事を楽しむ」という切り口が同じ問題解決につながるとはとても思えませんから。

ただ、仕事を楽しめているか ⇔ 仕事のやりがい ⇔ 仕事への集中力 ⇔ 効率性 / 収益率 というようにたどってみると、問題解決と「仕事を楽しむ」ということがつながってきます。

少なくとも、自分の好きを仕事にしたつもりでいるのに楽しめていない? としたら少々残念なこと。それで慌てて自分を振り返ってみると、ちょっと力が入りすぎているか、初心を忘れたのが原因で楽しめていないのかな?ということに気がつく。けれど、初心を忘れてしまったというのは認めたくないものです。

それでも答えに詰まってしまいそうだとしたら、自分の仕事上の習慣はどこからきているのだろうと考えざるを得ません。

マックスが語る話の中で、一番悩ましいのは、目標を設定し、計画を立てて仕事に取り組む - だからなダメなんだよという部分です。しかもその話しは、私たちに、ちょっと待ってくれ! と思わせる力があるのです。

「僕たちの社会では、時間や進歩に対して直線的な見方をしている。そういう見方を、学校でじわじわと浸透させるんだ - 人生とは、やるべき仕事や習得すべき技術や到達すべきレベルの連続なのですよ。目標を設定して、それに向かって努力しなさい、とね。だけど、人生はそんなに規則正しいものじゃない。規則から外れたところでいろんな教訓を与えてくれるものだ。人生は学校の先生にとっては悪夢だろうね」

(中略)

「目標を設定すると、自己管理ができているような気がするものだ -」

(中略)

「たいていの人は、マンネリ化した生活から抜け出すために目標を設定する。だけど、いいかい、今日の目標は明日のマンネリなんだよ」

出典:ドイル・ドーテン氏 著・「仕事は楽しいかね?

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私たちは、目標なし・計画なしの仕事は成り立たないと思っているし、私たちの頭はその目標+計画の手続きが刷り込まれています。しかし、どうしても必要だと思っている計画を “マンネリ化した今日を基盤にして作っていても明日にも期待はできないと言い切られてしまうのですから、とても強烈な印象が残ります。

マックスは、乗り越えられない問題があるときこそ、マンネリを打破する力が必要なんだと言うのです。その力は、より緻密に計画の精度を高めることでもないし、計画の前提となる分析を正確に行おうというわけでもありません。
その合言葉は「明日は今日と違う自分になる」だというのです。

「事業も仕事も、世の中のほかのすべてのことと同じだ。つまり、偶然の連続だってこと。多くの人が “計画どおりの結果になるものはない” という使い古された決まり文句にうなづくのに、相変わらず大勢の人が計画を立てることを崇め奉っている。計画立案者はもっと少なくてよくて、まぐれ当たり専門家こそもっとたくさんの必要なのにね」

(中略)

必要は発明の母かもしれない。
だけど、偶然は発明の父なんだ。

偶然の中にマンネリ突破の鍵がある?? その意味がイメージできますか?^^

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