誰もが通る道 というけれど、その道は千差万別
2018年の大晦日、一人住まいしているわが子 - 娘 - が、付き合っている人を連れていくからと言いながら、年末の挨拶と称してやってきました。
「結婚」という言葉を聞くことはなかったし、互いをどう思い合っているのかと、取り立てて「ふたり」についての話しを聞かされるということもなかったのですが、今後、自分たちが思い描いているような仕事や生活ができるようになったとすれば、住まいをこの記事の当時(2018年大晦日時点)より互いに近くしたいという思いを聞かされたりしました。
そんな中、とても印象的だったのは、わが子の穏やかな表情でした。落ち着いた、穏やかな表情はわが子が生まれてこのかた見たことのないものだったのです。
結婚前、家内が私を義両親に引き合わせてくれたときには少し緊張した面持ちだったような記憶があります。私の世代にとって - というか、(当時の)私にとってはと言うべきなのかも知れませんが - 付き合っている相手の両親に会いに行くというのは、そのまま、結婚を前提にしたふたりだと宣言する以外のことはなかったのです。だから、私がどのタイミングでその話しを切り出すのか、それに対して義父がどんな言葉を返してくれるのか - 家内にとってはその両方が緊張の原因だったのではないかと思います。
そのことをぼんやりと思い出したものですから、わが子の落ち着いた、穏やかな表情が余計に印象に残ったのかも知れません。
両親に付き合っている異性を引き合わせる、あるいは会いに行く - 彼らには緊張する理由がなかったのでしょうか? 私や家内にとって「結婚する」という意識や両親の承諾が得られるだろうかという思いが緊張の原因でしたが、そういうものは彼らにとっては緊張につながるものではなかったのでしょうか?
子どもといっしょに親も変化している
正解というものはないように思いますが、子どもたちにどう接するべきだったろうかと感じもしました。
大晦日ですから少々間の抜けた質問だったのかも知れません - 「今日は休みだったのかい?」というのが私から彼らへの質問でした。わが子はサラリーマンの私とは違うタイプの生活を送っていますから、私にとっては自然な質問だったのですが、少なくとも、私の世代の親ならきっと “ふたりの関係” に踏み込んだろうと思うのに、それを聞こうとは思わなかったのです。
私が抱いているような感覚で会いに来てくれたのだとすれば、こちらからそれを聞いてやるというのも優しさだったのかも知れません。
ただ私という親はそういうタイプの親ではなかったのです。
“ふたりの関係” はもちろん、どこに住んでどんな仕事をしているのか、実家はどこで、ご両親は何をしている人なのか… 聞いてやれることはいくらでもあったのにです。
その意味で、私という親は、少なくとも私自身の両親とは違う世代の親になっているということのようです。
互いの中にある “日本人” の感覚
胸に手を当ててよく考えてみると、何故二人でやってきたのかを若いふたりから表明するのが礼儀だろう! という感覚が私にはあるような気がします。自分ではそうと意識したことはないのですが…。
職場のドイツ人の後輩と話しをする機会が多い私ですが、こういう意識とか慣例という点で、日本人とか日本人社会というのはほんとうに厄介でむずかしいと感じます。
逆から言うと、親の方は、子どもたちから何を聞かされ示されたとしても泰然として受け止められなくてはいけないというような感覚があるのです。この言葉にせずに分かっているはず?? と言われそうな感覚は、一旦すれ違うと取り返しが効かなくなることがあるということも分かっているのです。
だから、少なくとも次の機会には、あらためて自己紹介ができるような会い方ができればいいなと思います。