自分を活かす仕事 - 会社に求めているもの・求められているもの

この著書は、2019年になろうかという時代に読むには古すぎる!? のだろうかと思う反面、こんなに時間が経っているのに、サラリーマンが暮らす世界 - 仕事を取りまく環境という - 実際の中味はさほど変わっていない!! と感じるのはなぜなんだろう? とも感じながら語られている内容をたどっています。

そこで思うのは - 会社の運営の仕方、雇われるサラリーマンの意識 - それが変わっていないのだからあたりまだよ!? ということなのだろうか? ということ。

仕事のために人生があるのではなくて、人の社会の中で人生をどう暮らすか、その手段として仕事を考えるとすれば、こういう話し - 意見交換をもっと積極的にして、自分を高めていかなくてはいけないのかも知れない… そんなふうに感じます。

会社はサラリーマンに誇りを持ってきたか

これまで、日本のサラリーマンは自分の会社に対して誇りを持っていた。では、会社は彼に対して誇りをもってきたのだろうか。今、サラリーマンが自分に問い直してみなければならないことは、はたして自分は会社にとって必要な人材なのか、自分の今の仕事は他の人が簡単に取ってかわれるものではないかということである。もし、自分が今、だれがやっても大差のない仕事をしているとしたら、すぐにでも対応を考えなければならない。

出典:ピーター・タスカ氏著・「日本の時代は終わったか

この一節、「会社はサラリーマンに誇りを持ってきたか」と見出しが付けられていますが、
会社がサラリーマンをどう評価してきたか
ということが語られているわけではありません。

サラリーマンが、会社に十分アピールできる強みを身につけているかというサラリーマンのための「サバイバル論」です。

言い換えれば、「日本のサラリーマンは自分の会社に対して持ってきた誇り」というのは、「会社に対する忠誠心」のことで、As You Wish で(求められたとおりに)何にでも対応する=そのために必要な力量を高める=そのための努力を怠らない という姿勢や行動が「誇り」という言葉になっていたと思うです。

そしてその片方で会社は何をしてきたか。
「より良い人材(を獲得することが欠かせない?)」ということを言いつつ、獲得した人材のキャリアをどう高めるか=そのために必要な部下の力量の評価をし=会社の目標との整合性を高めるような努力をしてきたか - そう感じます。

会社が部下の生活をどう守るか… そういう視点は、終身雇用や年功序列の考え方、仕組みがなくなっていくとのといっしょになくなっているだろうということは容易に想像ができます。

そしてそれより、そもそも会社は部下のキャリアや力量を高める=社会への貢献度を高めるという図式をもっていたのだろうかという疑問もわいてきます。なかったとすれば、これから望んでも ”詮無いこと” だろうという気もします。サラリーマンの側も、そういう求めに対応するのが自然と考えれば「サバイバル論」に終始することになっても無理はないでしょう。

「会社の求める人材」という言葉をひとつ出しただけで、そしてその言葉の意味を確かめないとすれば、それだけで人材に対するその企業の姿勢が決まってしまう。そんな気がするのです。

  • 「会社の求める人材」というタイトルをつけて、
  • 採用候補を評価するチェックシートを作る

という場面を想像してください。

  • たとえば、チェック項目10項目
  • 評価は、たとえば5段階方式
  • 50点満点が適材度最高
  • 40点以上が合格?
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そんな評価をするとしたら…。
それは、会社にとって合理的な評価方法だとしましょう。

問題は、評価して・採用をして終わり! (会社のルールや目標をレクチャーし、OJTをして終わり)になっているということはないか? ということなのです。

to be contineud…

 

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