終活をはじめるタイミングとは?

充実の年代に思うこと

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つい最近、寿命に関するアンケートの記事がインターネットに公開されているのを読みました。その中で「寿命を迎えるまでに必ずやりたいこと」として、40代から50代の人たちの多くが「身辺整理」を挙げているということが書かれていました。

その「身辺整理」という項目がどんなものを含んでいるのかまでは書かれていませんでしたが、40代、50代と言えば、会社員であれば多くの場合その職制のいかんに関わらず、組織の中でのOne for All - つまり、全体のための仕事を多く求められ、対応していることが多い年代ではないかと思います。

会社の必要、一社員の適性ややりがい、若い仕事仲間・後輩との協力など、全体を意識し、バランスを取った対応、行動ができる年齢だからこそのOne for Allでしょう。その役割は、みんなが同じように力を出し合ってというのとは、少し意味合いが違うだろうと思います。だから、そうした年代の感覚で「身辺整理」というとすれば、その具体的な内容はどんなものだろうと思ったりします。

もちろん、自分がどうだったかを振り返ってみればある程度の想像はつくのだろうと思うのですが、私の場合は良くも悪くも、仕事のことばかりを考えて過ごす時間がほとんどでした。

ひとつしかない心と体

「身辺整理」というイメージに近いことを私自身が考えていたとすれば、子どもが成長し、独立する年齢になったとき、自分の結婚生活がいわゆる”後半”に入っているのだろうということぐらいで、具体的に何かの準備に考えを巡らしたり、試みたりということとはほど遠い生活でした。ですから、健康に充実した生活を送っていれば、持てる力のほとんどすべてを仕事に向けて過ごしているのが40代、50代という年代なのではないかと思っているほどです。

当然のことながら、両親の年齢やさらに高齢になった時のことというのも遠いイメージでしかありませんでした。両親と自分だけで過ごすような機会が何度かある中で、

  • 実家の管理、維持をどう進めていこうと思っているのか とか
  • 将来、両親のいずれかに万一のことがあったとき、葬儀はどうしたいと思っているのか とか、墓所をどうしようと思っているのか などと

何気なさそうに聞いてみたりする程度でした。ちょうど「臓器移植意思表示カード」を作成しておこうというような、より現実に則した話しをしていたつもりでしたが、今思えばやはり受け止める感覚に現実味が薄かったように思います。

「身辺整理」の意味をより重い終活に踏み込んだものだとしても - 判断においても、行動においても一番力があり、安定する時期に、一番むずかしい事柄に力を注ぐことができない - 終活というものを中心に言ってしまうと、 「身辺整理」を意識するとしたら40代、50代はそんな時期だろうと思うのです。

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40代、50代が心身ともに充実している時期なのだとしたら、その充実した時間を謳歌して過ごすべきなのかも知れません。「身辺整理」も、自分の最晩年というような実感の持ちにくい先の話しではなく、とかく仕事に持って行かれがちな時間や自分の力を、自分や家族のために使えるように公私の境目にメリハリをつける活動だと言えるくらいでいいのかも知れません。

止まることのない時間の中で

自分の家族のことを思えばこその終活なのだとしても、その話しは家族にとってはストレスになるだろうと思うだけに、自分の準備は自分でと思う気持ちになります。終活としての「身辺整理」の内容を40代、50代で家族に伝えようとすれば、子どもがいてもまだ独立前だったり、独立して間もなかったり、あるいは独立してようやく落ち着くことができたかという年齢 - それこそ、親として子どもに迷惑をかけないようにと考えるとしたら、重い意味での「身辺整理」はやはり、自分に力がある現役の間に最初のステップは踏んでおきたいように感じます。

最初のステップ - 具体的には、自分の経済力や資産の確認、計画・見直しあたりでしょうか。あるいは、自分に関連する自分でなければ整理のしようがない項目の総ざらいと優先度の確認あたりでしょうか。いずれにしても、時間はずいぶんかかりそうですから、それをいかに楽しんで - 楽しむまで言わないまでもプラス思考で進められるようにするか、そんなイメージトレーニングくらいはやってみなければと思います。

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