備えることができること、できないこと

言葉にしにくいことほど、大切なことだと誰もが知っている

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普段はあまり話したくないようなことばかりなのかも知れません。

私も脳溢血で倒れた祖父を見舞ったり、短い間とはいえ一緒に暮らしてみたり、介護認定を受けざるを得なかった父のリウマチの症状や膠原病科での診察に付き添ったり診察・投薬の様子を見たり、付き添ったり、大腸がん・甲状腺がんでは体に何が起こるのか、輸血は無制限にできるものではないとか、介護の申請が病気の進行に間に合わないことがあり得るとか、ずいぶんたくさんの経験をしてきたように思っているのですが、それでもこの著書「あの世」の準備、できていますか? で語られていることは、過去・現在・未来の良く似た症状、状況を受け入れるために整理をしたり、備えたいと思ったりするとしたら、ずいぶん慰めになったり、参考になったりするのではないかと感じます。

あくまで整理をしたいとか、受け入れるためのヒントを探そうとしていたり、備えることができないだろうかなど、置かれた状況に正面から取り組もうとするのであればです。

いのちは生きることを前提に生きている - そう実感してきている私は、いのちに関わるような状況ではやはり、できることなら無理のない自分でいられるようにと思っています。私自身だけでなく、誰もがみんなという意味で。「終わり」を、意識することさえストレスを感じるのがいのちなのだろうと思っているのです。そのストレスの程度は人さまざまなはず、だから、前向きに取り組める人もいるでしょう。でもそうした人でさえ、そのいのちに関わるような状況から脱せるまではストレスを抱えない訳にはいかないだろう - そう感じているのです。

だから、できることなら無理のない自分でいられるようにというのは、せめて辛さを口にできるように・・・だったり、うまく相談できるように・・・だったり、処方箋も人それぞれだろうと思います。この著書で語られている矢作さんと田口さんの対話はだから、普段から、どんなことがあったか、その時自分は何を感じたか、そのさまざまを話すことが助けになるだろうと思うのです。

波紋はどこまで広がるだろう
(c) Can Stock Photo

沈黙の臓器 - それは肝臓に限ったことではない

ガクッ、ドーンと突然
体調が落ちるときは要注意。

というのは、がんでなくなった矢作さんの弟さんの話しが語られている章のタイトルです。

田口 弟さんは、健診には行っていなかったのでしょうか?

矢作 健診ではこういうところは調べないですよね。基本的には、血液・尿・便と胸の写真と、それから心電図くらいでしょう。肺ガンだと引っかかるでしょうけど、大腸ガンや胃ガンは引っかからないこともあるでしょうね。

本人はおかしさを自覚していたのかも知れないけれど、はっきりとした自覚症状がなく、やがて肝臓障害の症状が出るようになったと話は続きます。約30年1万日あまり一日も欠かすことのなかったランニングができなくなったというのです。

矢作 ところが、ちょうど1年くらい前から、走れなくなっていました。それで速足に変えたので、その時点でおかしいんです。すでに肝不全の症状が出ているんですよ。そのはるか前から便通が不安定だったようです。だからやはりガンって少しずつ変化していくから、疑わない限りは気付かないのかもしれません。

実家を離れて暮らしていた私の場合、がんの危険を承知していたにも関わらず、母の体に起こっていた異変を知らないままに過ごしていました。脂汗を流すほど苦痛を感じることがあったと本人から後で聞かされたのですが、かかりつけの医者の言うことを聞いて喉の腫れを見てもらうということがなければ、末期にちかいがんだったということを私たちが知ることはなかったのです。我慢強いにもほどがあるだろうと思うのですが、人様の世話になる、人様の助けがなければ過ごせないということをあり得べからざることと捉える年代の人たちがいる - そんな意識をなくしてはいけないだろうと思うのです。

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私がそうだったように - 30代あたりまでの - 若い感覚は、言葉をその言葉のとおりに受け止めます。それは決して悪いことではありません。ただ、子どもとして親のいのちに関わる状況を感じるときや、立ち会う時には、親の言葉を頑迷頑固と言わずに受け止めてあげてほしいと感じます。親子だからぞんざいな言い方をすることがありますが、思いは2つなのだということは分かってあげてほしいと思うのです。

「大した痛みではないし、もうその痛みもなくなっているのだからそんなに騒いでもらう必要はない」・・・そんなふうに私も色々な言葉に向き合いました。がんの危険を承知していたにも関わらず、その時その言葉の裏側に思い至らなかったのは、普段離れていただけに、危機意識が稀薄だったとしか思えません。自己弁護ではないつもりですが、それほど、普段と大きな違いを感じさせない状態だったのです。検査結果を聞くまでは。

矢作 自分の病気は自分で治すという感覚だったんでしょうね。

田口 治す?

矢作 自分のことは自分で責任を持つ、と。

(中略)

田口 ほんとうに・・・・・我慢強い方だったのですね。

矢作 強すぎたのかも知れません。何でもそうですけど、ほどほどがいいんです。”生きる”という観点で言えば。

どれほどたくさん経験者の話しを聞いても、すべてに備えることはできないでしょう。けれど、「健康診断は受けていたのに」と言いたくなるようなことは起こり得る、ではどうすればいいか - 100%の正解にはならなくても、普段の安心、そして万一のときの自分、あるいは家族を支える助けにはなるかも知れない、そう感じるのです。そのことに気づかせてくれる事例がたくさん - 悲しいくらいたくさんの事例がこの著作では語られているのです。

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