断捨離するなら心が軽くなるように

大切なものを大切に扱うために

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断捨離という言葉はちょっと厳しく聞こえて、イメージが重い感じがするのは私だけでしょうか?

「モノの数と年齢は反比例させなければダメだよ」
私の知人の言葉です。もしかしたら、どこかの受け売りかもしれませんが•••。
この言葉の意味は、歳の数が多くなるほど、持ち物の数は少なくした方がいいということ。つまり、若い頃の生活はモノにあふれていてもいいけれど、歳をとったらスッキリさせないといけないというわけです。

はてさて、そんなにさらっといくものでしょうか?^^

easy and relax
(c) Can Stock Photo

ときめきを感じるもの、ためらいを感じるものは無理して捨てないでという話しも聞いたことがありますが、少なくとも私は、物にも生き物にも愛着を感じてしまうタイプなのでよほどのきっかけとか、普段の心構えを変えてくれることがないと、年齢に比例させたシンプルライフというのはむずかしいような気がするのです。

その意味もあって、今の自分を確認するということを始めたのかも知れないのですが^^;

つまり、まず整理整頓? とか断捨離ありきではなくて、自分を確認しながら自分に合ったシンプル化のアプローチを見つけられないかなというものです。

快適でシンプルな暮らしを目指して片づけをするとき、「ほんとうに必要なものはなにか」を考えると、反対に、捨てていいものがわかってきます。片づけを機に自分の価値を確認すると、あらためて嗜好や個性を分析する機会にもなります。
そして、それが今後の生活をデザインしていくうえでも役に立つはずですから、ぜひしっかり自分の個性を見つめてみてください。

どんなものでもきっかけがあれば、自分と話しをしてみるのは面白いものです。
- と、私は思うのですが、その感覚は基本的な自然な私、つまり物にも生き物にも愛着を感じてしまう - 踏ん切りをつけなくちゃと構えてしまうものだから、シンプルになるためには幅の広い溝を飛ばなくてはいけないとストレスに思ってしまいそうな - 自分とは反対の感覚でもあるのです。

片づけで言えば、ちょうどアルバムを開いた時の感覚をイメージしてもらうといいでしょうか。
アルバムを動かして本棚の掃除をしようと思っていたのにちょっとアルバムを開いてしまって掃除どころではなくなっちゃったという、あの感覚です。

思い出をたどる感覚はそのまま思い出を楽しんでいたい感覚で、そのアルバムや写真を整理するとか、処分するとかいう考えには結びつかないのです。

MEMO:
アルバムの整理とか処分と言っても単純になくしてしまうということではなくて、それぞれの写真をデジタル化してボリュームを抑え、別の形で残すということも含まれるでしょうか。

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形から入る? 傾向がある私だからだろうなと自分で思っていますが、ひとつのきっかけを境に身辺整理だとか、終活だとかずいぶん重い? 自分の確認をするようになっただけに、断捨離は究極の片づけだから意識しないですむのであれば意識しないでいたいものだと思ったりもします。

片づけの秘訣が「ときめくかときめかないか」にあるのだとしたら、なおさら、プレッシャーを感じさせる断捨離という言葉は使わない方がうまく片づけられるように思うのです。

引用は保坂 隆氏著:「精神科医が教える50歳からのお金がなくても平気な老後術 (だいわ文庫)」からです

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