思い出の物と過ごす時間、それはとても大切な時間

日本でいうリサイクルは意味が違う?

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実家の売却を目指した当時、私も実家にあった思い出の品を無碍に売却処理にするのが忍びないように感じ、再利用してもらえきないものかと考えて、まだ使うことができるのではないかと思った物いくつかをリサイクルの看板を掲げている店いくつかに持ち込んで相談したことがありました。輪島塗の重箱や鎌倉彫のお盆といったものでした。

私が相談した店は、実家の片づけのために自宅との往復で見つけた国道沿いにある店の数点で、何十軒も行ってみた訳ではないのですが、それでも、どの店も前提にしていたのは”新品のまま使わずに残っていたものの転用という意味のリサイクルでした。

使っていた物をきれいに磨いたり、洗ったりして、”再利用品”の候補として考えてもらえるかな? という期待は、少々甘かったと感じたものです。

リサイクルショップというと、ベランド品や高級時計などを売り買いするところというイメージが強く、「自分には関係ない」と考える人が多いかもしれません。
ところが、最近はブレンド物一色という店は少なくなり、むしろ実用品や日用品の割合が増えていて、誰でも気軽にリサイクル品の売り買いができるようになっているようです。

出典: 保坂 隆氏 著「精神科医が教える50歳からのお金がなくても平気な老後術 (だいわ文庫)」より

そんな記事が書かれているのは2016年5月に発行された著書ですし、私の経験は2014年当時のものでしたから、その1年、2年のうちにリサイクル業界も様子が変わったということでしょうか?

特に今は、PCやスマホアプリを介して参加するオークション・サイトがずいぶん色々とあるようですし、収益を確保しようとするプロを介さず、売りたい・譲りたい方の必要と、買いたい・譲ってほしい方の必要と - つまり、個人と個人の距離が以前より近づいているうように思いますから、ネットの向こうのはじめて連絡を取り合う人の手元ででも、若干なりとも思い入れのある品が生き続けてくれるとしたら、そんなシステムもうまく利用したいものだと感じます。

思い出をたどるということの意味

そんな私の思いは、

  • 5部屋(3部屋+リビング+ダイニング)+バス+トイレ+
  • 押入れ×3+
  • 納戸×3+
  • 床下収納4.5畳+
  • 物置約6畳

という実家の片づけを、妻の手助けを得ながらすべて自分の手で進めた経験からきています。リサイクルという言葉に触れて、当時の思い出が蘇ってしまったというところでしょうか。

納戸に分散して押し込められていたハンドバッグやスーツケース - いわゆるカバンの類が延べにして70以上出てきたことや、掛布団・敷布団、毛布、枕といった寝具の送料が100キロを超えるほどあったということに驚いたりしました。

ダイニングボードや台所の床下収納から出てきた箸、湯飲み茶わんを含む食器の類は、30×30×45cmの段ボール箱にして30以上。そのサイズに納められない道具類 - すり鉢、すりこぎ、蒸籠(せいろ)、お盆などすべてを合わせて200kgを優に超える量があったのです。

台所の床下収納の片隅からは、昭和の時代、私の遠い記憶にある “あんか” に入れる “豆炭” の火を起こすのに使った道具、そして物置の片隅からは私の記憶にもない “ちゃぶ台” が出てきたりしたものです。

誰か使ってくれる人がいるのなら、そのまま持って行ってもらってもいいと思ったりしましたから、ガレッジセールならぬガレッジ譲渡会を開いてもよかったのかも知れません。最終的にトラックに3台分にもなった品々でしたが、1週間程度泊まり込んで、あちらこちらのフリーマーケットに足を運ぶという手もあったかも知れません。

寝具や衣類は、海外の恵まれない人たちに届ける活動をしている団体に連絡を取り、引き取ってもらえるものは引き取ってもらえばということも考えたりしました。

ただ如何せん、2年と少し(足掛けにしても3年になるかならないか)という期間、母のがん闘病に付き添い、そのまま葬儀を終えたばかりの私には、「自分にもそう多くの時間が残されているわけではない」という感覚がとても強かったのです。

80坪前後の庭にある庭木や雑草の手入れのため、ほぼ毎週、実家に通っていたということもありましたから尚更だったと思います。

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寝具や衣類を中心に、廃却には兄妹も数日に分けて協力してくれましたが、何より、20年30年という時間が実家母屋に詰まっているのを身をもって感じたのでした。そして、その時間を過ごしたからこそ、「せめてこの家を引き継ぎ、住み続けてくれる人がいるなら」という気持ちを実現することができたのだろうと思うのです。

週に1回以上実家に通い、両親の遺品ひとつひとつを手に取り、確認しては分別して、かかった期間は9か月に及んでいたと思います。

それほどの時間をかけて、私は究極の身辺整理をしたということになるのかも知れません。そんな私が思うのは、今ちょうどそんな時間を過ごそうとしている人がいるとしたら、そうした皆さんが少しでも優しい想いで過ごせるようにということです。

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