『チコちゃんに叱られる』前に 今のその心をつかまえてごらん^^

これからいろいろ覚えていく - そんなときめき世代は?

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「ぼ〜っと生きてんじゃねーよ‼︎」のセリフは2018年の流行語大賞 ベスト10にも入りましたね!^^

その2018年の夏ごろだったと思いますが、チコちゃんから
「大人になるとあっという間に1年が過ぎてしまうのはなぜ?」というの問いかけがありました。
そして、その答えは「人生にときめきがなくなったから」だとか^^;

すべてが新しい はじめて! の連続になる子どものころは、それがたとえごく普通の食事のような場面もひとつひとつのものことがはじめてだから、一瞬一瞬を濃く感じる… そんな説明でしたね。

なるほどなぁ^^ と感じた話しでしたが、その解説を聞きながらふと思い出したことがありました。

 

経験をつんでときめきがなくなったとしても

それは職場で同じ仕事に向かう30代の若い仲間たちを見ながら、自分もこんなだったなと感じたのですが…
それと同時に、彼らが今もっているものを持っているはずの自分は、彼らと同じものを見たり接したりしても、彼らと同じように感じなくなっているということ。

言い換えると -
30代と言えど、彼らはまだたくさんの 新しいもの・新しいことを経験して、心の力をためている世代なんだなということ。そしてもう少し考えてみると、「ときめく」というのは心が波立ったり、泡立ったり、敏感に反応していることなんだろうなということが分かります。

そしてもう一度自分を見てみると…
「彼らと同じように感じなくなっている」というのは、感じていないわけではないのにね.. と思います。
感じていないわけではないのに、その感じたもの・感じたことを頭で理解できてしまうのか、言葉で伝えることができるのか、即座にいくつもの形に置き換えてしまうように思います。

つまり、「ぼ〜っと生きて」るわけじゃないのですよね^^;

そう言っている私には稲妻のイメージがあります。強い光、強いエネルギーが心にぶつかって来ても、そのエネルギーを即座に大地に逃がしてしまうそんなイメージ - それが、今の自分の心のような気がします。

30代のころの心のエネルギーは、ぶつかってきたエネルギーを打ち返す、あるいはそのエネルギーのままに受け止めようとするの力のようなもの。それは男性に限ったものではありません。女性も同じです。「ときめき」はそこに生まれるのです。

それが40代、50代と年を重ね、経験を重ねていくと、ぶつかってきたエネルギーを受け流すの力のようなものが備わってくるのです。

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「受け流す」ということは30代の私には許せない、理解できないことでした。
相手のあるがままを認めない・相手をあるがままに受け止めようとしない潔くない感覚だろう! と感じていたのです。

それが今の私は、ある意味「潔くない」と受けられても仕方がないかも知れないけれど、「潔くない」と決めつけて終わりにできる感覚はあまりに幼くて、ある意味傲慢でもある… そんなふうに受けとめようとします。

「ぼ〜っと生きて」るわけじゃないけれど、結果的に感覚鈍くなってない?! と言われそうな反応の仕方をしているとしたら、ちょっと何とか考えなくてはいけないだろうなと思いますから、もう少し、チコちゃんの解説、聞いてみたいなと思います^^

 

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