まだまだできると思うほど、あわてず自分の体のペースを知ることから

まずは自分の体力年齢を再確認するところから

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7月から8月まで、真夏日、猛暑日が連続した時期は週末のランニングはお休み! それまでより2時間ほど起床を早めれば走れないことはなかったのでしょうが、どうもそうした時間帯のシフトができないものですから、部屋の中でのストレッチや筋力トレーニングに切り替えて過ごしました。

私が住む地域はここ1週間あまりの間にセミの声が聞こえなくなり、朝はひんやり、夕方になると虫の声がいっぱいという秋の入り口といった風情ですから、そろそろ週末のランニングを再開できるかな? と期待しているのですが・・・

経緯はどうあれ、自分の体力に対する認識を

その昔? の私は、体育会系(これはまた大昔の言葉ですが^^;)で長いこと過ごしていたものですから、スポーツ中毒のようなところがあって、それこそ体を動かすための時間がないなんていうことは考えられないという人だったのですが、結婚して子どもが生まれた時にゴルフバッグ、ゴルフクラブを封印し、バーベル、ダンベルを封印してからはスポーツのために1人で出かけるということが見事になくなりました。

結婚前、20代後半の体力とゴルフ場で働く肉体労働者だったこともあって、あり余る体力をすべて仕事後の練習につぎ込んでいるような生活でしたから、その勢いで結婚後の生活を両立させることはとてもできまいと思ったわけです。

おむつを買い、ミルクを買い、そのほか子どもと妻のために使う以外、稼ぎは余らなかった^^; ですから。それに、ゴルフクラブもバーベル、ダンベルも生まれて間もない子どもがいる小さな部屋には安全とは言えないと思ったこともありました。

経済的な面からも、家の中の安全の確保という点からも趣味だった体を動かすのを絶つような生活の変わりようでしたが、ゴルフ場からオフィスワークに転職した変化から考えればあまり不思議はないような気もしていました。

今思えばその反対側には「運動不足はすぐに解消できるさ」という妙な自信があったのですね。

 

ところが、30代をオフィスワークにかけ、40代はさらにその上を行くほど仕事にエネルギーを注ぐようになると、いつの間にか筋力は衰えているものなのですね^^; その頃から「すぐに解消できるさ」と思っていた自信は根拠のないものだったことに気づきはじめるのです。

精神的には後輩たちの世話や教育を計画し実施し、一方では自分に与えられた実務の仕事もこなすことができるようになったり、心理的にぶれずに残業にも取り組めるようになり、身体面では老眼を意識するようになった頃だったと思います。

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私の場合、体のサイズ(胸囲やウエスト)は一回り小さくなり、体重は3kg程度増えたあたりからほぼ横ばいで、自分の意識としてはスポーツ現役の頃からさほど大きく後退しているとは思っていなかったのです。けれど筋力はしっかり落ちていたのです。

考えてみれば当然ですね。
肉体労働と寒暖に耐える体を作ろうとしていた頃にも、摂取カロリーを計算しながら持てる時間のほとんどすべてを使い、できることすべてをやってその当時の体力を維持していたのですから。

幻想を追わずに^^; 客観的に

落ちた体力を確認するときから自分の中にあるイメージを追わないようにしないといけませんね。

むしろ大事なのは、「今日は体を動かさなかったから、なんとなく物足りない」とか、「少しでも運動しないと気分がすっきりしない」という感覚を体感として覚え込むことです。そのためには、毎日意識して、自分の運動量を確認することが肝心です。

(中略)

ただ、真面目な人ほど完璧な運動量を求めすぎ、ともすれば「今日は十分に運動をこなせなかった」とか、「今日はついサボってしまった」とか、自分を責めてしまうことが多いのですが、これではかえって逆効果です。
あまり高いハードルを設けると、「ゆるく、長く」という中年以降の運動ポリシーから外れてしまいますから、ハードルはできるだけ低く、越えやすく設定するのがポイントです。

保坂 隆氏 著・「精神科医が教える50歳からのお金がなくても平気な老後術 (だいわ文庫)」より

 

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