長く、少しずつが似合う年齢

運動しなきゃと思うから、運動できない⁉︎

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体を動かすというととかく - 一定以上に脈拍、呼吸数が上がり、汗をかく - スポーツをすることとイメージしがちのように思いますが、それって、20代、30代のスポーツ現役でいた頃の自分に囚われてしまっているのかも知れませんね (私だけでしょうか?^^; )。

普通に歩くだけでも脳の血流が良くなるとか、そのことが認知症の予防に役立つかも知れないなんて聞くと、普段からもっと気楽に - スポーツする‼︎ と力まずに - 体は動いてるでしょ! という認識からはじめなくてはいけないなと感じます。

たとえば普段の通勤。
よくよく確認してみれば、1日の消費カロリーの目標くらいはエネルギーを使っているし、

たとえばカラオケ。
1曲5分、1時間に12曲と仮定してみれば、スクワットを15分近くやったエネルギーになるというしで

自分の体は結構頑張って動いているんだという意識を持つところからはじめてもいいのではないかと思うのです。

運動として足りているかということにこだわって、足りないからと結局動かないでいる - それよりは、できたなという、心にも優しいところからはじめる方がいくからでもマシだろうと思います。だから、「スポーツ現役でいた頃の自分に囚われてしまわないように」という話しになりますね。

そう思っていたら、こんな一節を見つけました。どうも、私の体感はあまり大きくは間違っていないようです^^

初めからきっちりとしたスケジュールを決めて、ストイックにトレーニングをこなそうとすると、すぐにギブアップということになりかねません。ですから、最初は「五分でもやったらOK」くらいの軽い気持ちで、小さな目標をクリアしていくのです。
大きな目標を立てて失敗体験をするよりも、小さな成功体験を積み重ねるほうが、メンタルにもいい影響をあたえます。

I can fly
(c) Can Stock Photo / andreykuzmin

体の声に耳を傾けるのはむずかしいこと?

たとえば、大きな手術をして病院のベットの上で見舞いに来てくれた家族を迎えたときのことでした。
病室の入口に立った家族の声に反射的に、けれど決して急激にではなくゆっくり穏やかにそちらに首を向けようと顔を動かしたとき、腰から下のメスを入れられた一部の筋肉に痛みを覚えたことがありました。思わず「いたた!」と声が出るような感じで。

気をつけてもう一度、同じように首を動かしてみると、顔を右へ向けても左へ向けてもその場所の筋肉が反応しているのが分かりました。意ベッドに座っているだけですし、識して動かそうとしているのは首だけですが、お腹や背中、腰、お尻や太ももなど必要な場所の筋肉が、連携しあって体のバランスを保っているのがよく分かりました。

何だかとても不思議で新鮮な感覚を覚えたのです。

意識している部分だけでなく、体全体が一体となって生きている - そんな言うまでもないようなことを少し意識できるだけで、体を動かすことが意外と面白いと思ったりもします。

どんなことでもいいのです。少し長めに歩いてみたら、数日たって足首やふくらはぎにはりや痛みを感じたり、しかもその痛みの原因に思い当るのに時間がかかるようになると明らかに運動から離れて時間が経ち過ぎているということ。なおかつ、体力的にも「大丈夫、運動不足はいつでも解消できるから」という余裕はなくなっている!?^^; ので、基礎体力、あるいはそのためのストレッチから体に無理をかけないように気をつけながらペースを取り戻さなければいけない状態だということ。

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あくまで無理なく、楽しめるペースを探しましょう。

私も20代から30代にかけて、ゴルフ場での肉体労働に耐えるようにとベンチプレスやアームカール、スクワットで筋力をつけることに一生懸命だったのですが、そのころのイメージにかく乱? されないように、今の体力、今の筋力に見合った体の動かし方を維持していきたいものです。

マイペースは自分の心にも優しいですし、なにより長続きの秘訣。継続こそ力だということが分かっていますから。

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