自分であって自分でない - そんな不思議とおもしろさ

自分さがしはほんとに無駄なこと?

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自分でも100%は分からない自分という存在。
つかまえようがないと悩んだ頃もあったけれど、そんな自分とも何とか折り合いをつけて、自分なりに付き合えるようになってきかと思う一方、そんな自分に対する意識を一新できるものだろうかと思うこともある - 自分に煮詰まっているというわけではないけれど、自分のためにもプラスになるような新鮮さがもてるといいなと思うこと、ありませんか?^^

偶有性は、人間の進化について考える時にも重要な概念となります。偶有性とは、前述のとおり「どのように変化するか分からない性質」のこと。つまり、現実社会とは偶有性に満ちたものであり、次の瞬間に何が起こるか見えない状態にも適応できるように、学び、そして進化してきたのが人間の脳なのです。
ですから、偶有性を活かすこととは本来の学習環境を脳に与えることに等しく、生きていくうえでの秘訣といっても過言ではないのです。ひいてはそれが、脳の創造性やコミュニケーション能力を高めることにつながります。

「次の瞬間に何が起こるか見えない状態」を、慣れ親しんだものとは違う新しい環境や、経験したことのないできごとに対処するような状況を言っているのだとしたら、私たちにとってはストレス以外にプラスのことがあるとは考えにくいような気がしますね。

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(c) Can Stock Photo / kadmy

・・・偶有性をいかすことは本来の学習環境を脳に与えるに等しく、生きていくうえでの秘訣といっても過言ではないのです。ひいてはそれが、脳の創造性やコミュニケーション能力を高めることにつながります。

このように考えれば、未知の人や少々気の合わない人と過ごす習慣を日常生活に取り入れることも、脳には栄養になるわけです。どのような時間を過ごすことになるか予測がつきませんから、文字どおり偶有性の海に飛び込むことになるからです。

たとえば、子どもの成長を見ていると目と耳、鼻、あるいは手のひらや指先、体に感じているであろう空気の温度や風の感触 - 光や音、香り - など、光や音、香り、あるいは母親に話しかけられる言葉など、ありとあらゆる刺激、感触を体全体で受け止めていることが分かります。

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そうして集められた情報がどのように人の言葉とか記憶、感情や思考というものになっていくのだろうと、とても不思議な気がしたこともあります。「脳に与えるべき本来の学習環境」というのは、生まれて3か月、6か月、1歳、2歳というような幼いころのわが子に感じた “乾いたスポンジが触れる水すべてを吸い取ろうとするような” ニュートラルな状態のことを言っているように思います。

ただ、未知の人や少々気の合わない人まで脳の栄養にできるとしても、人間として生きて何十年という時間が経っていると、それだけでニュートラルになれない気もします。

大切なのは、人生にさまざまな時間帯をつくる意志。それが脳を活かす意志となり習慣となり、自分の世界が広がっていくのです。

著者・茂木健一郎さんが語る 『どんな苦境にも負けない脳を磨くための習慣』 に近づいて、自分の可能性を広げることができたらと思う分、先にストレスを覚えてしまうのはなぜなのか、それをどうしたらいいのかを学びたいものだと思います。

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