自分らしさって何だろう - そんな思いを大切に

どんなところから自分をはじめようか?

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何かの本で読んだことだったでしょうか。あるいは、と考えても、誰かに教わったような記憶もないのですが、

もし人に厳しく接するとしたら、自分にも同じように厳しくあるべきだろう、それと同じように、人に優しく接するとすれば、同じように自分に対しても寛容であってもいいのじゃないか。
なぜ人に対しても自分に対しても、同じようなバランス感覚で接することができないのだろう

そんなことを考えていた時期がありました。

必要なのは、自分を大切にすること

自分自身をもっと大切にしましょう。自分を尊重せず、ないがしろにする人に、他者を愛することなどできません。
まずは今日一日を有意義に過ごしましょう。自分の心身を正しくメンテナンスし、いたわります。仕事に終始するだけでなく、自分を豊かにするための趣味の時間も大切に。そして、今日一日頑張った自分を褒めましょう。

出典:リベラル社・「常識なんてにゃんセンス 人生を変えるニーチェの言葉

今はもう死語になってしまったかな? と感じる、「自分らしさ」とか、「男らしさ」、「女らしさ」 - その言葉は、自分探しの基準というよりは、社会の中に自分をどう置けばいいだろうという意味合いが強い「自分の立ち位置探し」の言葉でした。

今は、まず社会ありきではなくて、まず自分ありきになっているでしょうか? 頭の上から降ってくる「べき論」を基準に自分を見失うということは誰にとってもない時代になっているのでしょうか?

私のように頭の上から「べき論」が降ってこない年齢に - つまり、みんなより年齢が上になりつつあるということでしょうか?^^; - なってくると、まさか自分がみんなの頭の上に「べき論」を降らせたりしていないだろうかと反省することもあるのです。

自分を認める、自分で自分を尊重するというのは、言葉で言うほど簡単なことではないように思います。言葉を変えれば、自分で自分を正しく評価するというのはむずかしいことのように感じます。

なぜなら、その評価の方法を知らないからです。
人に優しくと教えられることはあっても、自分に優しくという言葉に出会ったことがないからです。

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けれど、「常識なんてにゃんセンス」が教えてくれるように、人を自分に、自分を人に映せるようになってはじめて、人に優しく自分に優しくなれるように思うのです。

自分が嫌なことを人に向かってやらない、求めない。自分探しはそんなあたり前にを確かめ、たどり着くための歩みなのかも知れません。

教わらなくてもよく分かっている - そう言ってしまわずに、何度でも確かめる。その繰り返しが大事なんだと、猫たちも教えてくれているんだと感じるのです。

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