松下幸之助氏に学ぶ仕事の意味 - 『わが経営をかたる』

松下幸之助という人が自らに課した社長の姿とは

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たくさんのHow Toものを目にするほどに感じるのは、私たちの社会も私たち自身も如何に迷っているかということ。松下幸之助氏の言葉を集めた「わが経営を語る (PHP文庫)」を読んで最初に感じたのは、その自分たちの中にある迷いでした。

テレビのニュースを見ても、新聞を読んでも、事実をそのままに伝えるものだからなのか、私たちの気持ちを引き立ててくれるようなポジティブな話しがなくなって久しいと感じます。
そのせいか、松下氏の言葉の力強さが心地よく響きます。

私自身、ネガティブな世相に負けて依頼心の塊になっているということの現れなのだろうかと思わずわが身を振り返ってしまいます。

上に立つ者が苦労しなければウソです。苦労なくして人を使おうというようなことは、上に立てない証拠だと思います。一番多く苦労するのが私です。それが社長というものです。

(昭和三十年一月・社内誌『松風』座談会)

著書は松下氏の言葉をテーマごとにまとめて読ませてくれる構成になっています。そのため、松下氏の言葉は時系列を離れ、順序が前後していることがあります。ただ、それでも、松下氏の考えにはいつでも変わらないバックボーンが通っていることがよく分かります。今の言葉で言えば「ぶれのない」松下氏の信条ということになるでしょうか。

『わが経営を語る』というタイトルでまとめられた松下氏本人の言葉ですから、社内の経営幹部や管理職、リーダーたちに向かって、あるいは全社に向かって発せられたものが多いのですが、繰り返し触れられているのが社長としての松下氏自身の役割り、覚悟、責任です

if you beleave that team work is key element of our job
(c) Can Stock Photo / Andres

自分は社長としてこんなことを思い、望み、こんなことをしたいと思っている。それを理解して力を貸してほしい - ひとつひとつの話しがそんなふうに聞こえます。

その社長としての思いがひとつひとつの話しどうし、少しずつ重なり合っています。
社長としての思い目標。社長としての目標社員への思い。社長としての反省思い - そんなふうに。

この会社にいる何万もの人がみな、経営なり仕事について強い意識をもち、一生懸命やろうと考えいると思います。しかし、だれが一番それについて強く考えているかというと、社長の私が一番強いことが必要です。次はだれかというと副社長です。その次は専務で、その次は常務です。そういうように考えるべきだと思います。社長は、仕事そのものはあるいは下手かもしれません。また技術についても分からない点があるかもしれません。しかし、この会社を、社会のためにも従業員のためにも、会社自体のためにもよりよくしたいという熱意は、社長が一番強いものをもたなければなりません。そうでなければ、社長としての意義がないと思います。社長の責任とはそういうものです。社長が一番熱心で、一番熱意をもっているべきです。

(昭和三十四年二月・販売会社幹部懇談会)

もちろん、会社への思い社会のために果たしたいこと社会のために果たしたいこと若手社員に望みたいこと - そんな中でも、松下氏の言葉にぶれはありません。

会社を発展させ、社会の公器としてさらに光彩を放つためには、社員の訓育といいますか、人間的な成長に、会社がもっともっとどりょくすべきでありまして、そういう考えをもっている会社に入ってこそ、青年社員の将来というものが、非常に輝くのではないかと思うのです。

(昭和三十二年一月・経営方針発表会)

松下氏の時代を知っている者が忘れているもの

松下氏の言葉をたどっていると、会社というものは今でも社会に対する責任というものを感じながら立っているだろうか。働く私たちは会社での仕事をとおして社会に貢献するという意識をもっているのだろうか - そんな自分に疑問を感じたりもします。

社会への責任を果たすことが自分たちの仕事なんだ、この仕事は、この製品はその責任のこんな部分をこんなふうに果たすためのものなんだ - そんなふうに自分の仕事を説明できる仕事ができるようになりたいという意欲を持たせてくれるように思うのです。

しかし万一にも、かように努力してもなお素材が思わしくないときは、如何せん、電気器具の製造は一時停止するのやむなきに立ち至り、会社は生産をやめなければなりません。この場合でも、会社は仕事をやめて徒食することは許されません。私はみなさんとともに、新しい仕事を見つけ、事業をやります。一人の離散も欲しませんし、諸君も離散してはなりません。いかなる事態に立ち至っても、一蓮托生、運命をともにし一致団結し、みごとに切り抜ける覚悟です。

(昭和二十一年十月・新経営指導方針発表会)

we do not forget where we go
(c) Can Stock Photo / dimaberkut
私たちの中に生きている理想の仕事というエネルギー

50年60年も昔に語られた言葉だとうことはよく分かっています。
社会の構造や仕組み、私たち個人個人の事情というのも大きく変わっている。特に、右肩上がりがあたり前ではなくなったし、進歩・発展を目指すことさえ本当に必要なのかと言われるような時代に、復興を基調により良い社会を目指した時代の人たちの価値観が意味を持つのだろうかというダメ出しが聞こえてきそうだとも思います。

けれど、その計算が得意なだけの、一見正論と思わせる “効率重視” の論理性が限界にぶつかっているということを、そうしたダメ出しは答えを出してはくれないということも私たちは分かっています。

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もちろん精神論だけで今の私たちの迷いを晴らすことはできないでしょう。
それでも、松下氏の言葉が教えてくれるのは、熱意と情熱を持ち、苦労をいとわない社長が自らの目的と責任を示し、社員がその覚悟や目的、責任を理解し、共有し分担して取り組むのが企業活動だというメッセージを感じます。

その意欲がないところに計算があっても仕方がない、私たちの迷いはそころに問題がある - そう言われているような気がするのです。

ただのノスタルジックな思い出を追いかける年齢にはまだ早い - そう思うパワーが残っているなら、あるいはそのパワーを取り戻したいと思う仲間ならば、管理職・従業員の区別なく読んでみようと誘いたい一冊です。

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