恋の色は心の色

どんなふたりを恋と呼び、どんなふたりを愛と呼ぶのか - その答えは私たちひとりひとりみんな違う、男と女の間に正解というものはない - 物語をひとつひとつと読み進めるほどに、そんな思いが強くなる一冊です。短編集ですから、ひとつひとつの物語にストーリーが短かく、そのあと2人はどうなったの?あるいは2人はこうなってほしいと結末を求める思いで読もうとすると、どこか肩透かしをされたような感覚になってしまうかも知れません。
その代わり、少し離れて2人を見ている - そんな感覚で読むことができると、どの物語もスイートビターなお話しばかり。少しの切なさは優しさの証し、その切なさを残しておけるのは、相手を大切にする勇気の証し - そんなことを語りかけてくれるような気がします。
そうしたあと味も、読む人の感性次第ですね。それでも、この一冊のことを書いてみたいと思ったのはやはり、みんな心によく似た風景を持っているではないだろうかと普段感じているからです。もしかすると恋に痛みや緊張を感じている心には無用の物語なのかも知れません。あるいは、もしかするとこのアンソロジーに触れることで、今の自分の心のいる場所を確かめることもできるのかも知れません。不思議なさわやかさといっしょにそんなことを感じたこの一冊を、みなさんはどう受け止めるでしょう。
いくつもの恋のかたち

恋はどこからはじまったのだろう、そしてどこへ行ってしまったのだろう。そんなどこか若々しくて、どこかはかなげに感じる二人のお話し。それを恋と呼ぶのか、愛と呼ぶのかはみんなひとりひとり違うでしょう。
翌日の電話で、新太郎は、
「信じられない」
と言った。
「女の子の部屋に泊まって、朝まで手も握らなかったなんて信じられない」
と。あたしはにっこりしてこうこたえた。
「ほんものの白い鳩だからよ」
(中略)
鳩はでていってしまった。
たぶん、あたしは新太郎と結婚するべきだったのかもしれない。恋愛の終わりを見届けるかわりにべつのものを育むべきだったのかもしれない。
どんなこと、どんなときに心にあたたかいものを感じることができるか。それも人それぞれですね。どこか非現実的な時間の流れを感じさせても、同じ感覚を共有できるような気がする物語もあります。
そのときは涙なんて出ず、ただただ不思議な感じがした。
自分が信じていた世界がまったくちがう世界として存在していたというか、世界の色がカラーからモノクロになったというか、本当に不思議な感じだった。
それは春分の頃のことでこの世は光に満ち始める時期なのに、自分の鼻先には真っ黒な壁が立てられたように思えた。
(中略)
そんなことが続いたある夜、コンビニにビールを買いに行ったついでにポストを覗いてみると、封筒がひとつあった。
J君からだった。
どこにでもありそうな心の風景だけれど、辛さに抱きすくめられてしまったようなときにも、ありのままを受け止める以外にできることがなくても、心はちゃんと生きていこうとする - そのことを忘れないでと、語りかけてくれているような、ささやかで穏やかな物語もあります。
思わぬ形で訪れたその結末もきっと、主人公と同じようにまっすぐに受け止められるでしょうか。
アンソロジーの魅力
みなさんにもおなじみの女性作家が集まった一冊ですから、作風の違いや、その作家ならではの味わいを確かめることができるアンソロジーだからこその楽しみもあります。
江國 香織 | 『ほんものの白い鳩』 |
川上 弘美 | 『横倒し厳禁』 |
谷村 志穂 | 『キャメルのコートを私に』 |
安達 千夏 | 『ウェイト・オア・ノット』 |
島村 洋子 | 『七夕の春』 |
下川 香苗 | 『聖セバスティアヌスの掌』 |
倉本 由布 | 『水の匣』 |
横森 理香 | 『旅猫』 |
唯川 恵 | 『プラチナ・リング』 |
9人の女性作家の作品を集めた恋愛アンソロジー LOVERS は、女性たちが女性の言葉で綴っているから、きっと女性のためのお話し。ぼくら男性には聞き取れない言葉があるかも知れない - そんな感覚で読んでみるとぼくら男性にも、少し違った恋愛観が見えてくるのかも知れません。
少しの時間を割いて読んでみませんか?