『夫から妻へ、妻から夫へ 60歳のラブレター』- 大切な気持ちは胸にしまっておきますか

沈黙は金、雄弁は銀?!

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何の前置きもなく、160人余りの人たちが夫から妻へ、あるいは妻から夫へ送った手紙だけをたどっていく1冊です。

今さら「愛してます」なんてよう言わへんけど
まだどんだけ長生きするかわからへんのに
はよから「ありがとう」とも言えへんけど
「今夜のお月さんきれいやで」って
見えへん私に教えてくれる そんなおとうさん
私 大好きやで

濱本 捷子 滋賀県大津市(60歳)

出典:NHK出版 編「夫から妻へ、妻から夫へ 60歳のラブレター 2」

「今さらよう言わん…」 という一言を読んで思い出すのは、「おくりびと」が映像として配信されたのを見たドイツに住むドイツ人が質問してきた言葉です。

あの映画に出てくる夫婦が交わしている言葉は、ほんとうの日本人の夫婦の言葉なんだろうか? というのです。

葬儀社に努めるようになったことも、納棺師をすることになったことさえ妻に隠して暮らす主人公の小林大悟。
そもそも、秘密を持って結婚したり、結婚生活をすることが日本の社会ではあることなのか? というところからそのドイツ人 - 女性でしたが - の疑問ははじまりました。そして、おはようも、行ってきますも、ただいまや、お帰りなさいもスキンシップしないものなのかというわけです。

彼女の疑問はスキンシップでなく、夫婦の間のコミュニケーションが自分たちのものとはとても違うようだというところから出発していました。

なにより、夫婦は互いの気持ちを伝え合い、分かち合うものではないのか。スキンシップもそのひとつの表現だと思っているが、あの映画に描かれている日本人の夫婦の間のコミュニケーションには、自分たちと同じ、あるいは似たところがひとつもないように感じる - だから、日本人の夫婦はどうやって互いを分かち合っているのだろう?? それが想像できない、というのでした。

ふれ合わずに、分かり合う??

日本人には「慮る [おもんぱかる(または、おもんばかる)]」という言葉がありますね。
“おもんばかる” というのは、ああなんだろうか、こうなんじゃなかろうか… と思いをめぐらすことを言うのだろうと思います。

しかも、何かの行動を起こそうとするときに、その行動が正しいかどうか、その行動によって次に何が起こるか… といったことをいろいろに想像することじゃないかと思います。

「60歳のラブレター」を読んでいて一番感じたのは、相手の気持ちを慮って(おもんばかって)自分は言動を遠慮する、つまり、自分は行動しない・発言しないということがいかに多いかということ。
そして、その慮りは、夫婦の間でも変わらないのじゃないかなということでした。

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「今さらよう言わん…」 という言葉は、ですから、私には少し切なく聞こえます。
個人を大切にしなければという時代を暮らしているけれど、私たちのように昭和の真ん中あたりまでの世代は、饒舌を良しとしない、大事する個人の中に自分は含まれていない感覚で育った人間が多いのだなと感じるからです。

「60歳のラブレター」- その手紙ひとつひとつに綴られている言葉は、とても大切な気持ちをのせたもの。
だからほんとうは、いつも伝え、分かち合っていたいものだろうにと感じるのです。

「言葉にしなければ伝わらない」という理屈が分かっていても、「言葉にするのは無粋だ」という感性も持っている - あなたの場合はどっちなか? と聞かれているようで、はっとさせられるのです。

 

 

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