命に何ができるのか、その今は - 『終の信託』

10年前の医療を知ることで今の自分たちの感覚を確認する

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「僕は先生を、一番信頼しています。先生に決めていただきたい。お願いします。そうなった時には••••••••決めてください。もう僕が我慢しなくてもいい時を、決めてください。••••••••僕がもう我慢しなくても、許される時を••••••••僕は先生に預けます。僕のその時を••••••••預けます」

2005年と言えばもう - 『命の終わりを決めるとき』 と題されて発行された - 初版から15年近い時間がたっているからでしょうか。私がこの小説を読んで感じたのは違和感ばかりでした。

自分の病状については医者と対等と言えるほどの知識を持ち、どんな薬を処方してほしいかにまで注文をつけることができ、患者の最後に医師がどう関われるのかを「横浜事件」を通して学んでいた患者が、自分の最後を誰がどう決められるのかが分かっていなかった訳もなく、こんなことを言うはずもないだろうという違和感。

そして方や、担当医とは言え、患者のその訴えをひとりで受け止めようとした女医の判断に感じた違和感。

ただそれでも、当時の「インフォームド・コンセント」はどんなものだったのだろう - 私が経験したのは8年ほど前のインフォームド・コンセントというニュアンスと診察室での実際くらいでしかないだけに、この小説に考えさせられることがずいぶんたくさんあるような気がしています。

経験の中で感じたことが描かれていてほしいという思い

10年を超える時代差があるとは言え、自分が感じ、確認してきたことが描かれていてほしいという思いを持たずにはいられませんでいた。

母のがん闘病に付き添った経験から私が感じ、学んできたことは - これまでの記事でも書いてきたことなのですが - 医療におけるインフォームド・コンセントは終末ケアに近いものほど患者の意志はもちろんのこと、家族の理解と了解、協力がなければ成り立たないということ。

そして何と言っても病院と医師、看護師は病気あるいは症状を治療の目的に向かって改善させるために働いているということ ー それを病院を “利用” し、助けを求める患者と家族の側はきちんと理解しておかなければいけないということです。

その理解なしに、医師との間のインフォームド・コンセントはありえないのです。

私はそんな感覚をもとに、自分の最後をどう託すことができるだろうかと考え続けているのですが、その私が感じた違和感というのは、やはり、今の医療はこうなのだという安堵感を求める思いだったように感じます。

10年前の小説だからと思って読むべきなのでしょうか。もしそうした読み方が必要なのだとしたら、この10年を超えた現代の続・終の信託を見せてもらうことはできないものかと感じるのです。

Is it hard to share your last will
(c) Can Stock Photo / DarrenBaker

挿管されているチューブを抜くことは簡単にできることではない - 逆に言えば、そのチューブを挿管することに医師は家族の同意を求めるはずです。患者本人ではなく家族にです。患者本人はその判断と医師の表示をできない状況だからです。ただその時、一度挿管したらどんな治療が続くのか、リスクの説明や治療の方針が示されるのでしょうか。一刻を争う状況の命を救うために挿管が必要だと説明されても、家族はその意味を理解し、判断することができるでしょうか。

私の義父は、救急搬送された病院での心臓マッサージの甲斐なく亡くなりました。付き添いで救急車に同乗した義母は何を求められ、何を判断しなくてはならなかったのか私には分かりませんが、一刻を争うという緊張感の中で心臓マッサージを断わるということが簡単なことでなかったであろうことは容易に想像できます。

義父はくも膜下出血を起こしていたことが亡くなった後の検査で分かりました。ただ、その原因が分かっていようがいまいが、救急搬送された経緯が分からない死亡として、義母は義父が横たわる診察台のある部屋の前で警察の尋問に応えなければならず、義父が亡くなったことより、警察の尋問に応えなければならないということがショックで、義母は情緒不安のような状態に陥ったのです。

“救急車” という医療の形を否定しているのではなく、”救急車” という名の医療には、「暗黙のインフォームド・コンセント」と言いたくなるような約束事があることを思い出すのです。救急車を呼ぶということは「助けてください」という意思の表明として受け取られ、扱われるのですから、その表明を覆す、助けるために取るべき行為を取ろうとしてくれる医師たちの医療行為にブレーキをかけるというのは容易なことではない。

私の母にがんの宣告をしてくれた医師が、がんの宣告を受けた母の思いを気遣うよりも「入院はいつにしましょう。一番早いタイミングで手術の予約を入れますが•••」と話しを進めようとしてくれた例も含めて、どのケースも、医療は治療ありきを原則に動いているのです。

この小説は、そうした私の経験ひとつひとつを思い起こさせます。私も喘息の発作で救急搬送された経験を持っています。だから余計にイメージが重なるのだろうと思います。また、それを思い起こすだけに、今の私たちや医療で私たちを助けてくれる人たちの意識はどうなっているだろうと感じるのです。

尊厳死とか安楽死が死ぬことを助ける直接的な行動になってはいけない - というニュアンスがこの小説には終始一貫しています。当然でしょう。

綾乃も「横浜事件の判例」は、読んでいる。

*治療行為を中止(して死を待つ)のためには
患者の状態として回復の見込みがなく死が不可避の末期状態にあること
本人の意思が明示されていること(場合により家族の意思から推測することも許される)

*間接的安楽死のためには
患者の状態として死が不可避で死期が迫り、耐え難い肉体的苦痛があること
本人の意思が明示されていること(場合により家族の意思から推測することも許される)

まさしく私の場合も、そうした法律や医療が認識している “限界線” を意識し、母を診てくれる医師に確認して、保護者としての自分は何を判断し決断しなくてはいけないのかを分かろうとしました。

輸血をしないでいればそのまま死に至ることが分かっている患者(母)を、どう扱ってもらえるのだろうというのが最大の懸案だったからです。
輸血は必要な分だけ無限にできるものではない - そのことを知ったのはその時です。

結果的に輸血できる血液を確認するのにかかる時間は徐々に長くなり、一方の母は痛みに顔を歪めることが増え、自ら痛み止めを求めるようになり、混濁した意識で過ごす時間が長くなったのです。

死ぬことを助けることは許されていない、許されているのは、積極的な治療を続けることができないと診断を下してくれることなのです。

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そのあとの選択は患者と家族がしなくてはなりません。本当は、手術を受けるという選択をするときからそうなのです。患者と家族がしなくてはならない。その暗黙の - むしろ私たち自身がしっかり認識していない約束事がこの小説にはいくつも並べられていると思うのです。

患者を助けよう - 安楽な死を与えよう - とした女医を追い詰める検事はわざわざ出演させなくともいいと思えるほど悪意と歪んだ思いを持つ人物として描かれています。

医療の善意や患者の苦しみなどより、殺人というレッテルを貼ることに力を注ぐ類の人物もいるなどという短絡的な話しではなく、私たちの法律は「生きる」ということを大前提に作られ、運用されていることを忘れないようにしろという警告のように感じます。

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