今の自分のままで十分なんだ! そう言われているとしたら納得できますか?

今の自分のままで十分なんだ! そう言われているのかも知れないのです

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ページをたどるほど感じるのは、何のはなしだったっけ?? ということ。

矢作 直樹さんが語る「人生は、約束」に語られている言葉はどれも、自分を保つためにどうすればいいかということに尽きるような… あるいは、私たちはこんなに自分が分からないでいるのだろうか? という疑問もわいてきます。

評価を気にせず
自分がしたいことを
純粋に考える

というアドバイスにしても

嫌な思いを
早めに手放すには
何かに夢中になること

という言葉も、あるいは

居心地が悪ければ
結界を作ればいい。

という言葉も、そのページだけで読んでしまうと、自分のことだけで完結できればそれでいいと言っているようにも読めてしますのです。

ですから、もう一度、「はじめに」に戻ってみるのです。そこには、

約束には「見える約束」と「見えない約束」があります。
私たちが普段、約束だよと交わすのは見える約束です。それに対して、私たちが生まれながらにして持って来たもの、それが見えない約束です。
見えない約束 ---。

それは、運命とかシナリオ、あるいは今生の課題(宿題)と呼ばれます。
では自分に、どんな運命があり、どんな課題があるのか? 果たして自分はどんな約束を交わして、この世に生まれたのか?

その理解は、ちょっとむずかしいところです。

と語られています。

「生まれながらにして持って来たもの」… それはたとえば、「なぜ生きているのか」「どこから来てどこへ行くのか」、そんな言葉にしている疑問に通じるもののような気がしているのですが、その言葉は、

無理に理解しようとすると、頭が混乱したり、気持ちが乱れたりします。
だから、無理に理解しようとする必要はありません。
見えない約束に執着する必要はありません。

と続くのです。

自分でも分からない形で持って来たものでありながら、理解はむずかしいかも知れないし、無理に理解しなくてもよい? なんて、何とも雲をつかむような話しですね。

人生は約束なんだ - ただ、そのことを踏まえて暮らせればいい、矢作さんはそう言っているのでしょうか?

理解できないとすればきっと混乱するだろう。そんなときは自分をよく見てみればいい。そうするとこんな形で、「見えない約束」を感じることができるようになるかもしれない… あるいは、理解できるかもしれない… そういう意味でこれだけの「私たち」が語られているように感じます。

「はじめに」は

毎日の生活で「得る」もの、ふと「気づく」もの、そこで「学ぶ」もの。
私たちがあちらの世界で交わした約束とは、そういうものだと思います。

と締めくくられています。

約束と言われると直感的に、私たちがやらなくてはいけないこととか、私たちが得るはずだったものと感じますね。

ああ、今ままでやってきたことはこれを「気づく」ためだったのか…
これを「学ぶ」ために自分はここにいるのかも知れない…
そんなふうに結び付けてみればいいのかもしれません。

居心地が悪ければ
結界を作ればいい。

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のようなアドバイスを考えてみれば -

気づきたいことはこんなにたくさんあるというようにも読めますし、
結界を作って周囲をシャットアウトする! それは、自分に集中することが大切なんだと言っているようにも読めます。

自分自身に集中するという形で自分に気づく。それがそのときの私たちに必要だった「気づき」なのかもしれない… そんなふうにつなげてみるのがこの著作で語られていることのような気がするのです。

 

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