自分の中に不自由さを感じるとしたら - 『100%』

私たちには、真意を見抜く力があるはず

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さあやろう! とにかくやろう、迷う時間はない! と畳みかけられるとブレーキをかけたくなる私はずいぶんへそ曲がりなんだな、ということが分かります^^; が、冒頭から第1部を読み終えてみると、エネルギーがなければ行動を起こすことはできない、しかもそのエネルギーの源であるはずの私たち自身が日常の繰り返しの中で冷えてしまっているのだなと思い至ります。

自分が正しいと信じることを自分で選んで進んできたと思っているのに、本当にこれでいいのかという思いもなくはない、神は二物を与えてくれない、ひとつを選ぶためにはひとつを失うこともある - そんな完結した感覚にもう一度、本当にこれでいいのかという疑問をぶつけてくれるのが第1部なのです。

完結していることは悪いことではない、けれど、片目をつぶっていることもないはずだろう - そう言われているような気がするのです。

私のような天邪鬼は

文化は意識の敵である。

とまで言い、私たちが自分にとって自然と思わされている日常こそ、私たちが自分で考えることをスポイルしている最大の要因なのだと語っている著者の言葉をただの導入部だと捉えると、別のところにある著者が言いたい本当のところが見えてきます。

この行動の違いをもたらすものは、いったい何なのだろうか?

これはとても大切な質問である。
なぜなら、「あなたはなぜ今の選択をしているのか」という質問でもあるからだ。

なぜ人によっていろいろな異なった行動をとるのか。
なぜある人は周りに愛を注ぎ、別の人は無視したり、あるいは憎しみを示したりするのか。
その答えは価値観にある。

(中略)

人間は、けっきょくのところ、自分の価値観を離れて行動することはできない。自分のやることはすべて、自分の価値観の具現化であり、心の表れなのである。

自分の価値観を離れて行動することはできない。

第2部は、「愛と冒険への道」と題しながら、さらに私たちの価値観に揺さぶりをかけてくる、そんな感覚を持たせます。

文化は意識の敵である。

と語っていた第1部の内容をさらに深く掘り下げ、その文化の中で育ってきているはずの価値観まで否定して何を言おうとしているのか - そんなふうに一続きにして読んでしまいそうになるのです。

motivation first, action second
(c) Can Stock Photo

夢を見る、夢を実現する - 本当はそれが一番自然

そうではないのです。第1部でひとつ、第2部で次のひとつと読んでください。
そうすると、著者が語ろうとすることが分かってきます。ありとあらゆる例を挙げてひとつのことを言っています。

やはり、結果に対して決意をしてもしかたがない。手段がすべてだ。

そこで、私たちの疑問が解放される。
目標は、現実的であるかどうかは、どうでもいい。
それを達成するための手段が、現実的であるかどうかは、肝心だ!

目標は、現実的であるかどうかは、問題ではない。
手段は、現実的であるかどうかが問題だ!

自分の意思で行動することを選べさえすればよい - それを教えようとしているのが第1部、

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つかまえた目標に向かって恐れず、具体的なステップをひとつひとつ積み上げればよいと教えようとしているのが第2部です。

著者のそうした真意が見えてくると、否定することはなくなってきます。1部ひとつの真意がスムーズに胸に落ちてくれるだろうと思います。

いつか若かりし頃のように、夢を忘れない、夢を実現したいという情熱を忘れない私たちに立ち返ることができるでしょうか?^^

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