思い出せたらいいのに - 『ママを守るために生まれてきたよ!』

記憶の中に埋もれた記憶?

スポンサードリンク

どうして自分は生まれてきだのだろう - そんな悩みも、ここに語られているような記憶があったなら答えを見つけるのはそうむずかしいことではないかも知れないのに••
ママを守るために生まれてきたよ!」には、そんな優しい気持ちをくれる、たくさんの子どもたちの言葉が並んでいます。

生きることに何か痛みや苦労を感じているわけではないのですが、語られている子どもたちの言葉をそのまま信じたくなるような、信じていいのだなと安心させてくれる話しがいくつも綴られています。

・・先にも少し触れましたが、お母さんを選んだ理由のナンバーワンは、「優しそうだったから」です。

(中略)

そして、優しいお母さんにつづいて人気があるのは、泣いていたり寂しそうだったりして、生きるのが辛そうなお母さんです。普通に考えれば、優しくて明るいお母さんのほうがいいように思えますが、なぜ子どもたちは泣いているお母さんをあえて選ぶのでしょうか。

(中略)

「りゅうすけくんは、どうしてお母さんをえらんだのかな?」
と聞いたら、
「お母さんが泣いてて寂しそうだったから。ぼくが来たら笑ってくれるとおもったの」

中間生記憶、胎内記憶、誕生記憶とどれひとつをとっても不思議で、自分の感覚にそのまま重ねることがとてもむずかしいと感じてしまいます。
けれどそれだけに、綴られている子どもたちの言葉をそのまま信じたいと思うのです。

それでなくとも私などは、母親よりも子どもから遠いところにいるそんな感覚を何度か経験してきた父親だけに尚更かもしれません。

その一方でお父さんは、お母さんにくらべれば、生まれてくるいのちへの実感がまだまだ希薄です。また、妊娠中のお母さんにどう接していいのかわからなくてとまどったり、赤ちゃんが生まれてくるのだから稼がなくちゃとばかりに猛烈に仕事をして、妊娠中で何かと不安なお母さんに、寂しい思いをさせてしまうこともあるようです。

miracle of child birth
(c) Can Stock Photo / Paha_L

心も体も母親になっていく - そんな妻に子どもと妻のふたりを感じて、生命ってこういうものなんだなと思ったり、子どもを守る母親を守る - そんなイメージを求めて、自分にいったい何ができるだろう、何をすべきなのだろうと考えてしまったり。多くのお父さんがそんな経験をしているのだろうなと思ったこともありました。

風邪を引いて熱を出してしまい、子どもにうつさないようにするためにも子どもから離れて一人で休もう - そんな母親の都合や思いを知らず、母親といっしょでなければ嫌だと言って泣かれる。

そんなときの切なさは男親でなければ分からないものでしょう。けれど、やはり自分の生命をふたつに分けるようにしてお腹で育てる母性にはどんなことをしても近づくことができそうにないなと感じてきているのです。

だから、子どもたちは母親のためにも、こんな思いで生まれてきてほしいと思わずにいられません。
普通に生まれるという、その普通であることさえ奇跡に近い幸せなことだと感じさせ、教えてくれる誕生がこの子どもたちの言葉のとおりであれば、生まれてきたことの意味と幸せの意味とが同時に分かるはずだと思うのです。

「ママを守るために・・・」のこの著書のタイトルのように、私自身は、母を守るために子どもはダメでもあきらめようと帝王切開で取り出された子どもだったそうです。出産予定日を無事に迎えるには、と主治医には色々な指導を受けていたのではないのかなと思ったりもしましたが、重度の妊娠中毒症に陥った母は、意識不明の状態で産科医に担ぎ込まれたそうです。

スポンサードリンク

この著書に出てくる子どもたちのように誕生前後の記憶があったとしたら、どんな話しをしたことだろうと思ったりします。

しかも、生まれて一年になるかならないかで当時、生存率3/1000、脳に損傷なく正常に成長する確率となると1/3000と言われた病気に見舞われたというのですから、私も選んで自分の両親のもとへ、自分の運命を知って生まれたのだろうかと思ったりもします。

誕生が、子どもたちの言葉に表されたような絆でできているものだと信じることができれば、反抗期がどうしてあるのか、どうして子別れ・親離れが簡単でないことがあるのか、そんな理由もすらっと納得できてしまうように思うのです。

スポンサードリンク

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です