生命ってこういうものなんだ - 『100万回生きたねこ』

こどもの頃を思い出せますか?

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絵本なのに、子どもにはどんな思いで渡してやればいいだろうと考えてしまう。けれど、これが いのち なのだよと渡してやりたいと感じる - そんな絵本です。

100万年も しなない ねこが いました。
100万回も しんで,100万回も 生きたのです。
りっぱな とらねこでした。
100万人の 人が,そのねこを かわいがり,100万人の
人が,そのねこが しんだとき なきました。
ねこは,1回も なきませんでした。

そんなふうに始まるこのお話しは、もしかすると私たち大人のための絵本なのではないかと感じるほど、人生とか、愛するということの意味にとても近い、私たちの心の深いところに触れてくれます。

100万回生きたねこ
(c) Can Stock Photo

私は5歳だったか6歳だったか、物心ついて間もなく、親戚のおばさんの葬儀を通して死というものがあるということを知りました。この世のものではなくなること、もう二度と会うことができなくなること - どんな言葉で教えられたのだったか記憶にはありませんが、死をそんなもののように感じた私は、この世に生きるものでこの世にあるものは時間が経つとどうなるのだろう、死につながらない時間を生きつづけるものはないのだろうかと考えた日のことを覚えています。

猫や犬、へびやかえる、松の木や竹の林、空を流れていく雲、川の水・・・思いつく限りのものを思い起こしては、その時感じていた怖さのような不安のようなものを消してくれるものがないかを考えたのです。

けれど、心のすべてを傾けて考えても、その答えを見つけることはできませんでした。これが「死」というものだということをちゃんと分かっていたわけではなかったのですから。犬や猫、松の木や雲や水の最後というものを見たことがあるわけでもなかったのですから。

お気に入りのテレビアニメの主人公が大事な友達に別れを告げて、天に上る場面を見た私の子どもが、「なぜだか分からないけど胸が痛い」と言いながら、大粒の涙を流したのはやはり5歳になる少し前のことでした。

「死」という言葉を使わなくても、子どもたちには何か怖い、悲しいものだということがちゃんと伝わる - そう思っているだけに、この絵本をこどもに渡してやるとしたら、このお話しを受け止めようとするこどもの気持ちをしっかり包んでやるつもりで渡してやりたいと思うのです

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私たちはもしかしたら、ここに綴られているお話しをそのままに受けとめるには、あまりたくさんの経験や思い出を持ちすぎていて、知っている言葉が多すぎてそれが邪魔になっていないだろうか - そんなふうに、優しさの意味さえ気づかせてくれるかも知れません。だから、作者の佐野洋子さんをご存知なければ、知らぬままに読まれることをお勧めします。

読み終えたら、作者の佐野さんがどんな人か確かめてください。

私たち大人が感じるのはきっと、子どもたちが感じるのとは違う、いのちのあたたかさだと思うのです

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