今を生きるために - 『「あの世」の準備、できていますか?』

とても大事ないのちことだから、そっとしまったままにしないで

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いのちの尊厳に関わることでもあり、そう軽々しく口にすることは憚られるという方もいることでしょう。
ただ、人生後半と言われる年代になり、どんなふうに過ごしていけばいいだろうという思いがなくならない私は、自分自身の思いをもう少ししっかり理解したいと感じていて、そのためにいのちを自分の言葉で自然に話せる気風が、自分の周囲に持てないものだろうかと思っています。少なくとも自分はこう思う、こうありたいというものを持てたら、と思っています。

自分一人で逝くことはできない - 必ず誰かに送ってもらわなければならないはず、心の面でも物理的な面でも誰かに負担を負ってもらわなければならなくなるだろう - そう思うからなおのこと、自然に話すことができなくてはと思うのです。特に家族とは。

柔らかな気持ちで話すことができたなら
(c) Can Stock Photo

自分の人生観、特に自分の最後をどう捉えれば良いだろう という今の思いは、両親の最後を看取ってから特に強くなっています。かつて20代になったばかりの頃には、40歳になった自分を想像することができないと友人と話したことがあり、その時の感覚を今でも覚えているのですが、当時よりもはるかに実感を持って、70、80になった自分、あるいはそこまで生きられるだろうかという話しができるようになっています。

ですから、この著書 『「あの世」の準備、できていますか?』 は私にとってのひとつの道しるべになるのではないかと感じています。

矢作直樹さん、田口ランディさんの対談として進む著書の冒頭は、こんな見出しではじまります。

歳をとっても若い秘訣があるとしたら、
くよくよ考えないことです

そして、私の今の感覚にとても近いのではないかなと感じさせる話しがつづきます。

父が亡くなったときは、あまり自分の心に変化がないなと思っていたんですよ。ところが母が亡くなったときは、人生観が変わりましたよね。母の死によって、守らないといけないもの、気にかけなくてはならないものがなくなったんです。実家を出ていたので、日常的におふくろの手助けができるわけじゃなかったんだけど、いつもおふくろのことを考えていたんでしょうね。しがらみがなくなったということで、とても気楽になりました。 - 矢作

ここで矢作さんが語っている感覚を理解できる人はきっと多いのではないでしょうか。

私の場合、両親の死をどのように受け止めればよいか、あるいは自分に訪れる死をどう考えればいいかということを含め、残された時間をどんなふうに過ごせばよいか、そんな死生観・人生観がとても大きく変わりました。いのちというものを常に自分に重ね、自分につなげて受け止めるようになったと言えば良いでしょうか。何か新しいレンズ、フィルターを得て、これまでは見えなかった、感じなかったものを見たり、感じたりするようになった - そんな感覚です。
だから一見すると、死に別れることで楽になったと聞こえそうな矢作さんの言葉が、違って聞こえる(読める)のです。とても楽になったという気持ちがあって、人生観が変わったとも実感しているけれど、その2つは表裏一体、2つであって1つの感覚、1つの感覚だけれど2つとして捉えなければ説明ができない、そんな感覚ではないのかと思うのです。

少なくとも私の場合は、この2つの気持ちの間に、喪失感というものがあって、とても楽になった自分と人生観が変わったと感じている自分それぞれが、その喪失感とどう折り合いをつければ良いだろうと感じているのです。

こうした人の生死に関わるようなことを、私たちはあまりオープンに口にすることはないのではないかと思います。そんな、胸の奥にあって普段はなかなか言葉にしたり、人に伝えたりすることが少ない両親の死についての自分の気持ち、それを語ることで自分の人生観、死生観も、それを語っている自分も柔らかくいることができるようになれる - そう感じるのです。

語り合える柔らかな心だから備えることもできる

在宅看取りは、人と人を結びつける
新しい絆になるでしょう - 田口

と題した章に矢作さん、田中さんはこんなことを話しています。

田口 お母さまはご自宅で亡くなられたのですか。

矢作 独居だったから、発見までに24時間以上かかったんです。警察では、異状死体、という扱いでした。

(中略)

田口 歳を取ると、その人にとっての「家」がどこかってことも大切なんですよ。例えばね、うんと歳を取ってしまうと、自分の生まれた家じゃなくて息子夫婦の家が自宅になっていたりするじゃないですか。うちの父は、長いこと住んでいた家を処分して、私の家の近所のマンションに引っ越してきたんですよ。末期ガンになって譫妄が出始めた時に、しきりと「家に帰りたい」と言うのですが、父の帰りたい家は、この世にはもう存在しない家なんです。

ここには、両親の緊急の時や晩年のことを両親とずいぶんたくさん話していたつもりだった私も、思い至らなかったことが語られています。自動車がなければ買い物にも行けない、そんな実家を処分して自分たちの力でももっと楽に暮らせる場所に移った方がいいのではないかということは私たちも話し合ったことがありました。父に先立たれ1人になった母が、末期がんのせん妄の中で自分の幼かったころの話しをあれやらこれやら問わず語りに話していたのを思い出すと、「家に帰りたい」と言われても少しも不思議はなかったろうと思います。

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在宅での看取りということも私たちはよくよく自覚しておかなければならないと思うのです。孤独死だけが異状死体扱いではないということを。

日常生活に少しの不自由なく、自分のことを自分で行いながら暮らしていても、突然体が動かせないと言い、次の診察日を待っている間に救急車を呼ばなければならくなり、搬送された病院でなくなってしまう。それも異状死として警察のお世話にならなければならないのです。覚悟していたとしても、異状死を処理する手続きに受けるショックは家族には過酷なことがあります。

普段の穏やかな暮らしは、そうした最後を意識しながら遅れるものではないでしょう。でもだからこそ、その時の衝撃がその人のその後を悲しいものにしてしまわないように、あるいは少しでもその重さを和らげることができるように、準備ができないものだろうか、自然に語れるようになれないものだろうかと思うのです。

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