夢を守る、夢を育てるために必要なこと - 『運命を味方にする生き方』

新型コロナウィルスの2020年だからこそ

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新型コロナウィルスの混乱の中にいれば、「夢」は、その言葉もイメージもずっと後回しになっているように思いませんか?「今日をどう生きていくか」が最優先。「明日を考えられるようになるのはその次」。「夢を語れるのは、さらにその先だ」と言わんばかりの雰囲気がとても強くなっていませんか?

それでもなくしたくない「夢」とは

テレビでもお馴染みの吉村作治さん。誰に言わせても、エジプト考古学の先生! と言うだろうと思いますが、その吉村さんが

この本は「考古学者になりたい」とほんの少しでも思った人へのアドバイス集として作ってみました。

出典:吉村 作治氏 著・「運命を味方にする生き方

という著書には、「夢」を守り、育て、実現するためのアドバイスにあふれています。夢を追いかける人にとっても、その人を見守る人にとっても。

小学校四年生のときに出会った図書館、司書の先生、その先生に勧められて読み始めた数々の伝記。その伝記で知ったハワード・カーターというイギリス人考古学者。そして、吉村さんの中に「エジプトに行きたい」という夢が芽生え、その夢をかなえるために何をしなくてはならないかを一緒に考えてくれた担任の先生。

吉村さん自身が自分の夢から視線を外すことなく歩み、吉村さんの両親や周囲の人たちはその夢をそのままに受け止め、見守った - その淡々とした物語がとても印象的です。

私はテレビに出たり、講演をしたり、本を書いたりして収入をあげ、それで食っているようにみえますが、それは違うのです。それらの収入は全てエジプト考古学の研究に使っています。というのはエジプト考古学で得た収入はエジプト考古学に返すという私のポリシーがあるためです。

それでは何で食っているかと言いますと、早稲田大学で教えて、得ている収入で食っているのです。言ってみればサラリーマンが好きなことにお金をつぎこんでいるという図式と違わないわけです。ですから大学に正式に就職する - 早稲田大学人間科学部助教授になった - まで、エジプトから日本に帰っての十年間は、早稲田大学第一文学部で非常勤講師をして月一万円そこそこの講義料をもらいながら、それだけでは食っていけないので、テレビ局や新聞社、出版社でアルバイトをし、食うためのお金を稼いでいました。

吉村さんの淡々とした物語は、夢を育み、守る時間には華やかさはなくて、夢を追いかけたいという思いだけで過ぎていくものだと感じさせてくれます。言い換えれば、そのことを中心に生活が動いていると言えるほど外すことのできないものがあるとしたら、それはもう「夢」と呼べるものに育っていると言えるのかも知れない - そんな見守る視線が大切だと言われているような気がするのです。

それは自分のことを考えるときも、誰か自分以外の人のことを考えるときもです。

「事を成す」には、志を高く持ち、全ての情熱を傾け、そのことだけに集中しないと一人前にはなれない。さらに、それを長期間持続しなければならない。
楽しくないと続かないし、自信がないと何事もうまくいかない。

吉村さんのこの言葉通りだとすると、志や情熱を保つことに苦労されたように聞こえます。楽しさよりも苦痛を感じ、自信を持てずにいたのだろうかと。けれど、初心を忘れず目標を目指さなくては夢には届かない!! という緊張が先にあったのではなく、消すこともできなければ、薄れてしまうこともない思い、それを「夢」というのだよと教えてくれているように感じるのです。

“淡々とした物語” を感じるということは、吉村さん自身、自分の信念や思いに忠実に、自分のペースで取り組まれ、その結果が「志」とか「情熱」、「自信」という言葉になっているように聞こえるのです。

はたしてどちらでしょう?

考古学とは、出土遺物と地形から物語を組み立てる想像力が必要とされる学問。
豊かな想像力が、新たな遺物や遺跡を探し当てる想像力につながる。

という言葉は、間違いなく “「考古学者になりたい」とほんの少しでも思った人へのアドバイス” ですね。

私自身、「自分の理解、自分の論理を創造する場が大学であり、学問だ。事実を記憶として蓄積する大学入学以前の学習とは違うのだ」 - そんな言葉に出会ったことがありましたが、その頃に感じたものを思い出させるフレーズです。

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私は考古学をこういうものだと理解している。君たちはどんな考古学を目指すのだろう? と語りかけてくれているのです。

そして、「夢」が考古学という学問としてひとつのまとまった形になる - それは吉村さんの「夢」の今日現在。はたして吉村さんはその続きとしてどんな「夢」を描いているだろうかということも感じさせてくれるのです。

いい考古学者になるためには、抽象概念を具体化する訓練が必要。あらゆる本を繰り返し読み、言葉と知識を身につける。
面倒になって立ち止まりそうになったら、自分の夢を繰り返し思い出すこと。

I understand that archeology is like this, Dr. Yoshimura is saying so. He asks to us what kind of archeology do you aim.
“Dream” becomes a collective form as an academic discipline – it is as of today’s “dream” of Dr. Yoshimura. He makes me feel what kind of “dream” he draws as a continuation.

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