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自分では意識しない - 自覚のないところで金属疲労のようにダメージが蓄積していくもの - 私には、ストレスという言葉にそんなイメージがあるのですが、みなさんはストレス・コントロール、うまくできていますか?^^;

先輩・後輩の関係のようなものをはじめとして、人間関係ではその昔、若い者・新参者ほど苦労をしてあたり前!? みたいに扱われることがあって、「誰もが通る道」? を通ってこない奴はダメだみたいに言われていた時代もあったのですが、いつの頃からか、そういうどこからともなく降ってくるような基準を理不尽とか、不合理・不条理などと同じ類のマイナスなものとして認識できるようになりましたね。

確かに、みんなの意識が向上して意味のないハラスメントが減ってきたとすれば歓迎すべきだろうなと思います。心と体の健康をちゃんと守る - その意味で自分の心や体がどんなものかが意識できるようになるのは良いことなのかも知れません。

ただ、「ストレス」という言葉を覚えた分、私たち自身、ストレスに対する耐性が下がってきたんじゃなかろうかとも感じることが増えた気がします。

 

意識しない、自覚のないストレス & 仕事というストレス

そのストレス、自分で育てていないか?!

文藝春秋SPECIAL 2017年夏号[雑誌]」の中、夏目 誠 さんが綴った 『「うつ」になる前に5分でストレス自己採点』 という記事があって、その中の言葉がちょっと引っかかりました。

心に、「うつ病」につながるようなストレスがかかっているときには特定の症状が現れる。そんなサインを見逃さないようにして、うまく心と体を休ませよう! と 「3連休 × 2回」 回復法なる休息方法を提唱する一節とそれに続く一節です。

この 「3連休 × 2回」回復法に対して 、 「仕事が忙しすぎるから体を壊したのに 、そんなに休めるはずがない 。現実を知らない 」と言われたことがあります 。たしかに一理あると思いますが 、あえて言いたいのは 、 「会社はあなたの命を守ってはくれない 。自分の体は自分で守るしかない 」ということです 。

という一説、そして

実感としては 、管理職になる人の 5人に 1人は何らかの不調を抱えることになります 。昇進して 、業績は上がらない 、答えも出ない 、しかし忙しさと心労は増すという状況が続くのですから 、無理もありません 。

という一説。

私はこのふたつの一節をつなげて読みたくなりました。私たちの職場における人間関係をそのまま表しているような気がしたのです。

ここでは「管理職」の心労 - ストレス - が挙げられていますから、もしかすると、管理職に就いていない人には響かない一説なのかも知れません。
そうです。「管理職に就いていない人には伝わらないかも知れない」 - どうしてなんだろう? と思ったのです。

みんな自分のことだけで精一杯?

本当はチームではなかったのかな

管理職(上司)はそのための手当てを金銭で補われているはずなのだから、責任を果たしてあたりまえ、ストレスがあってあたりまえ - そんな話し、どこかで言ったり聞かされたりしたことがありませんか?

ただ少し考えてみると、この言葉は管理職のことを言っているようでいて、実は私たちみんなのことを言っていると思うのです。

この言葉は管理職の当事者ではない人たちの言葉だと感じませんか? そしてその人たちがもしかすると、自分たちの立場や仕事をしっかり守る - そんな責任を果たしてほしい… そう思っている言葉のように感じます。

けれど、それだけでは想像力が足りません。
管理職が自分の立場や仕事を守れるように、管理職としての仕事に力を尽くせるとすれば、それは部下の支えやバックアップがあってこそです。

部下の仕事が分からない、保身だけに走った管理職(上司)では話しのほかですが、管理職が力を出すには部下のバックアップ部下が力を出すには上司のコーディネート - そのコンビネーションが不可欠です。

 

管理職(上司)も部下も手いっぱい、互いに自分の身を守ることで精一杯なんじゃないのか? - と言えば慰めになるような気もしますが、ちょっと残念なような情けないような…^^;

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思えば、仕事にストレスはつきもののような気もするのですが、またそれだけに「仕事は楽しいかね? (きこ書房)」 と言われたりするとドキッとしますよね。

自分で意識できないストレスは確かに怖いものだと思います。「根性」だけでは、「精神力」だけでは対抗できないストレスってあるのですから。体が気持ちについてきてくれないということはあるのですから。

だから、夏目 誠 さんが提唱するように、ちゃんと休むという癖を自分から付けるようにする必要があると思うのです。