企業は人なり!? - 自分を活かすのはやはり自分かも知れない

組織の中で自分の場所を確かめることのむずかしさ

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会社が組織改編の流れに乗って1年が過ぎたこの春、若い仲間を見続けて感じてきたのは、「環境」ということ。普段私たちは、自分が暮らしている時間とか空間をどんなふうに捉えているだろうということです。

「営利目的」という言葉は会社という組織の意味合いを説明する場面で使われることが多いように思いますが、その「目的」を私たちはどんなふうに意識しているだろうと言ってもいいように思います。そしてその「目的」がきちんと意識されてきたとすれば、私たちはどんなふうに行動してきたろうかという、次の疑問・反省に行き当たります。

営利目的は企業としての方針… もしかすると、日常、自分たちが触れている仕事の指示 - 業務命令 - につながっている。

ところが、その仕事の指示に対応している自分の意識や行動を意識していない?! としたらどうなるでしょう??

「問題意識」を持って仕事に取り組もう! - そのイメージは持てていたと思っていたけれど、たとえば…

何があなたの仕事ですか?

という質問に答えられるかどうかを考えてみると、即座に回答できない!? なんていうことが分かってくるのです。

「何があなたの仕事ですか?」とは聞きません。
これまでの自分たちを見直して、仕事への対応の仕方をこんなふうに変えよう… というそれまでと同じ? 仕事の指示として渡すのです。
けれど、受け取る側のある者にとっては、

  • 以前のやり方とどこが違うのか
  • なぜ変えなくてはならないのか

という差分確認が行われます。つまり…
普段、何のために何をやっているか - 自分の仕事は何なのか - が意識できていないので、指示を受け取るところから確認をしなくてはならないということが起きます。

分かっているはず? の仕事の意味をなぜ確認し直さなくてはならなくなるか。
実はそれこそ、できていたはず? の「問題意識」を持った取り組みが十分ではないということの現れなんだということが分かってきました。

「問題意識」を持った仕事への取り組みというのは、実は2つの意味があるのです。

そのひとつが、今手にある仕事を終えるにはどうすればいいかという現場の視点

  • 残業
  • 休日出勤
  • 応援
  • 外注

といった対応は、工程や材料を変えない方法ですね。

それに対して、目の前の仕事をどうこなすかということに加えて、次の、あるいは将来の仕事をこなし続けるにはどうればいいかというマネージメントの視点
たとえば、仕事の進め方に時間、費用といった点に「無理・無駄」がないかという視点です。その見直しの結果として、工程や材料、あるいは分担や役割りを変えるとしたら…

いかに現場の人間だと言っても、マネージメントの視点なしに仕事をしているということはないだろう!? そう思いますか?^^;

 

その仕事を見る視点 - 意識や行動のもと - を考えるヒントが、こんな言葉の中にありました。

わたしの父は現役時代、有能な企業幹部でした。技術者を振り出しに、マネジャー、経営幹部へと出世を重ね、いくつかの世界的な大企業で要職を務めました。父が副社長から執行副社長へ、上級執行副社長へと昇進を重ねていく姿を、わたしは当然のように見ていました。判で押したように、ほぼ二年おきに昇進したからです。わたしにとって、父の経歴は眩しくもあり、良きお手本だと思っていました。

だから、わたしが新しい名刺を見せたときの父の困惑ぶりには面くらいました。

(中略)

父は名刺をしげしげ眺めた後、わたしに向かってこう言いました。「自分で自分のことを社長なんて名乗れないよ」。父の経験からすると、誰かが引き上げてくれない限り、トップになどなれないのです。

出典:ティナ・シーリグ 著・「20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義

自分の役割りが何なのか - シーリグさんのお父さんの例のように、私たちの多くが自分で決めてかかっているように思うのです。決めてかかっているということは、たとえば、現場の立場に立っているということ。

配属されたグループや組織があって、仕事が与えられた時点で、自分にとっての重心 - 立ち位置 - が自然に決まっている。しかも、目指す仕上がりを理解し、手順を覚えるには時間をかけて自分を訓練することが必要になりますが、そこで現場の視点が育つことになります。

仕事の品質とか効率ということをよく言いますが、仕事に熟練すれば品質は安定するし高くもなる。無駄や失敗なく進められるようになり、効率も良くなるでしょう。ところが、そうした熟練度とか仕事の品質を維持するために、あるいは高めるためにどうすればいいか - そのマネージメントの視点が必要だということを置き忘れることがあるのです。

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上の一節は、自分を囲む世界と自分自身とをどうつなぐかという話しとして語られ、こんなふうに展開されています。

そのうち、人間は二つのタイプに分かれることがわかってきました。自分のやりたいことを誰かに許可されるのを待っている人たちと、自分自身で許可する人たちです。自分自身の内面を見つめて、やりたいことを見つける人がいる一方で、外からの力で押されるのをじっと待っている人もいます。

待つ、あるいは自ら行動する、そのどちらが優れているということではありません。

私たちが二つのタイプに分かれるのだとしても、少なくとも私の職場は、現場視点の者がマネージメントを、マネージメント視点の者が現場を学び、カバーし合う関係でなければ成り立たない、そう思うのです。

 

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