私が所属する会社はちょっと変わっています。上司とか部下という言葉を使わない会社なのです。多くの会社には部長とか課長、係長、あるいは呼び名は違っても仕事仲間を束ねるような役割りを果たす人たちがいることが多いのではないかと思いますが、私の会社にはその役職というものがないのです。

今はその役割りを明確にしようという改編の最中ですから、正確には “役職がなかった” というべきかも知れません… 職場に上司がいないという状態、みなさんには違和感がありますか? それとも、取り立てて言うほどのことはないことでしょうか?

 

実は私は、職制を持つ会社に所属していた経験も持っています。文字通り、専務、常務にはじまって、部長、次長、課長、係長、主任まで7段階の階級? 組織を持っている会社でした。つまり、役職がある・ないの両方を経験してきたあとで、”もともと職制を持っていなかった会社に責任権限を根付かせようとする改編の時期” を過ごしているのです。

そして、そんな経験があるからでしょうか? ちょっと意外なことを感じてもきました。

 

役職がある - 上司がいる - 会社で感じてきたこと

上司と部下という識別があれば、そこにはそれぞれの役割りがあると直感的に思いたくなるのですが、互いの役割りをどれくらい意識していただろう? と思い返してみると、その意識がとても希薄だったと思いあたるのです。

上司の指示 - 業務命令 - という言葉は知っているけれど、部下として、その指示の意味を考えたことがあったろうかと思うのです。言われたことを忠実に? こなすのが部下の役目!? - 誰に教わったわけでないのにそう考えていた、そう感じます。はたして、上司の側ではどう感じていたでしょうね。

私の感覚ではそれが役職を持つ組織の特徴のような気がするのです。
上司は仕事の指示をするためにいるのでしょうか? 部下はその指示をこなすためにいるでしょうか? 上司の役割りって何だろう? 部下の役割りって何だろう? それが役職を持つ組織に対する疑問でした。

 

役職がない - 上司がいない - 会社で感じてきたこと

上司と部下という識別がないと自由な仕事ができるかというと、事情は少々違います。会社にとって必要なことを正しく行えているかどうか、その判断がしにくくなるのです。仕事の良し悪し、レベルの高い・低いといった判断は、やはり何か基準がなければ成り立ちません。

私が経験してきたのは、”役職がなくても役割りは残る、役割りは自然に落ち着くべきところに落ち着く” ということです。職制、役職を持つ組織では意識的に責任権限を明確にしようとしますが、”上司” という言葉や概念がないとしても、たとえば年齢が、場合によっては性別が基準となって役割りを落ち着かせる場所を社員自らが求めるということです。

年齢が… 性別が… ということは今の時代、あまり大きな声では言えなくなっていることです。私もそれが当然だろうと思う人間ですが、年長者がいればその年長者のアドバイスを求め、女性男性がいっしょいれば、より年長の男性に意見を求める、あるいは最終的な判断を仰ごうとする、そういう傾向がなくはないのです。

 

仕事仲間より一回りかそれ以上年長の私が感じるのですから、多分間違いはないでしょう。

上司とか、先輩、あるいは年長者の存在意義は、多分、こんなふうに役職のことを意識してみるとはっきり見えてくる気がするのです。自分たちで責任を果たすにはどうすればよいか、それを考え、実行する裁量があるのだから自信を持ってふるまっていい - そう背中を押してやる… きっとそれが本当の意味で上司の役割り、年長者の役割りなのではないかと感じるのです。

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  • 役職があるからといって、役割りが果たされるとは限らないし
  • 役職がないとしても、役割りが自然と決まることもある

それは何だかとても皮肉なことだと感じます。

もしかすると、私が所属してきた会社がたまたまそういう性格の会社だったのかも知れませんが、

管理職の仕事は部下のコンサルティングである。

出典:中谷彰宏氏著・「こんな上司と働きたい (PHP文庫)

という言葉に出会うと、やはり、自分の年齢、立場、役割りを考えないではいられないのです。