仕事の仕方 - やっぱり働き過ぎなのかも… と感じる瞬間はみんなにある!?

年齢やライフスタイルによって”働きがい” と “生きがい” の意味は変わる?

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100年LIFEというような話しがきっかけになっているのか、あるいは会社の組織改編というような動きがきっかけになっているのか自分でもよく分からないでいるのですが、自分自身を振り返ってみても、自分よりも若い仲間の様子を見ても、私たちの働き方はどうしてこうなんだろう?! と感じています。

「私たちの…」というのはちょっと広げ過ぎで、少なくとも、私を含めた友人や仕事仲間 - 「私自身と周囲の人たちの多くは…」というくらいの言い方が正しいのだろうということは意識しています…

ただそれにしても、「休日返上」という言葉があるうちはまだしも、その「休日」さえ意識してないの? と言いたくなるほど週末のプライベートなはずの時間に仕事のことを考えたり、週末明けの準備をしていたりすることを思うと、これが昔言われたワーカホリックってこのことなのかもと思ったりします。

「勤勉」というのとはちょっと違うような^^;

大学に進んでドイツ語を学ぶようになった頃を思い出すと - もう数十年!?^^; の昔ですが -
「国民性」という言葉にぶつかり、「ドイツ人の勤勉さ」「日本人の勤勉さ」という表現に出会うことがよくありました。

言葉そのものの意味を確認してみると(その当時から変わらないはず? ですが)…

デジタル大辞泉の解説
[名・形動]仕事や勉強などに、一生懸命に励むこと。また、そのさま。「勤勉な学生」
[派生]きんべんさ[名]

大辞林 第三版の解説
きんべん【勤勉】
( 名 ・形動 ) [文] ナリ
一生懸命に精を出して励む・こと(さま)。 「 -な人」 「 -家」 「汝彼の事務を-する人を見ずや/西国立志編 正直」
[派生] -さ ( 名 )

出典:コトバンク・「勤勉」

当時の私は「勤勉」という言葉に、ブレなく一心に仕事(あるいは勉学)に励むこと… というようなイメージを持っていました。

その私がドイツに渡ってヨーロッパ各国から集まったドイツ語を勉強する仲間たちとあれこれ話しをしてみると、やはり「勤勉」という言葉に出会ったのです。
ただし、ドイツの人たちの勤勉さに対するネガティブな評価でした。

ドイツ人は勤勉なのではなく、ただ働き過ぎなんだ… 周辺国からきた仲間たちはそう言っていたのです。

戦後の経済復興から経済発展、そして経済大国と呼ばれはじめるか… という時期でしたから、みんなの話しには、経済的な安定を手にするようになったドイツの人たちに対する周辺国の “やっかみ” が含まれているんじゃないかと感じていたのですが、その中でドイツ人が発言した言葉が印象的でした。

「日本の人たちはドイツ人がかなわないほど働いているの知ってるかい?」

彼はそう言ったのです。
ほんとうにもう数十年も昔のことでしたが、ドイツの一部では週休三日をどうやって実現するかという話題があるほどでした。環境問題 - 酸性雨や空気の汚染という話題もさかんに取り上げられていて、そうした問題の解決の一助になるのが、働き方の見直しではないのかという話題もありました。

(数十年後の今、彼らのそうした問題がどんなふうに解決されたのか、あるいは彼らがどう取り組み続けているのか、知らなくてはいけないなと感じていますが…)

「勤勉なのではなくて働き過ぎなだけ」 - たとえば、1日8時間労働があたりまえと思っている感覚でそれを言われたらどう感じるでしょうか?
1日8時間の労働(拘束時間としてサラリーに置き換えてもらえる)時間を確保するために、(東京都心で)通勤に往復2時間とすれば1日10時間を必要とする - その時間の使い方はナンセンスだと言われたらどう説明できるしょう?

その昔のその言葉に “やっかみ” が含まれていたとしても、自分たちの中にもあった「働き過ぎ」? の疑問に応えを探してきたように感じるのです。

働くのが悪だというのではありません。
私たちは働くということにどんな価値感を持っているのか、もう少し考えなくてはいけないと思うのです。

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「長時間労働」や「働き過ぎ」という意識を持っているのに何十年経ってもその状況を変えることができないでいる - もしそんな状態を正そうと考えたとしたら、”働くということに対する価値観を見直す” というのではあまりに遠回りだろうとも感じます。

まして、”働くということに対する価値観を見直す” というが雇われる側の視点だとすれば、雇う側の視点は??? も問いたくなります。

to be continued …

 

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