リーダーシップを実践する - その資質と人格を考える

その言葉は何を言おうとしているのか - 「効率」などと言っている場合ではない

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たとえば、仕事仲間との話しでこんな意見、感覚に出会ったとしたら…

自分はやるべきことはやっている。部署としての目標が達成できないとか、あるべき姿に到達できないとすれば、あとは
誰それの仕事の仕方に問題があるということ
その問題を解決するのに必要なリーダーシップを発揮しない職制に責任がある -

一見理路整然として意見をはさむ余地がないように聞こえるその話しに、釈然としないものを感じるのは、私だけではないように思うのですが、どうでしょう?

そしてその一方、

プロフェッショナルの条件

厳しいプロは、高い目標を掲げ、それを実現することを求める。誰が正しいかではなく、何が正しいかを考える。頭の良さではなく、真摯さを大切にする。つまるところ、この真摯さなる資質に欠ける者は、いかに人好きで、人助けがうまく、人づきあいがよく、有能で頭がよくとも、組織にとって危険であり、上司および紳士として不適格である。
…「現代の経営」

出典:P.F.ドラッカー氏 著・「仕事の哲学 (ドラッカー名言集)

逆に、ドラッカー氏のこの言葉 - 「真摯」という言葉が何を指しているのか、何をどうすればいいのか分からない話だと感じるのに
なんとなくうなづけるような気になります。

MEMO:
「真摯」の意味を調べてみると…
出典:デジタル大辞泉(小学館)として[名・形動]まじめで熱心なこと。また、そのさま。goo辞書に紹介されています

ドラッカー氏の方が世界に認められた著作者だから、その言葉は、「自分はやるべきことはやっている」と主張する社員(仮に社員Aとしましょう)よりも上だという先入観を外せますか?

ドラッカー氏が言っているのは、その先入観を外しなさいということだろうと思うのです。

かたよらず、公平で客観的な判断というのは…

社員Aの主張が、どこか引っかかる… 話として聞くのはいいとしても、受け入れられない! という不適切さを感じるのは、彼(あるいは彼女)の主観に基づいた話しだと直感させるものがあるからだろうと思うのです。

社員Aは、仕事仲間の仕事ぶりに問題があるような発言をしていますが、誰もが納得できる客観的な裏付けがない。
その裏付けのない問題にリーダーの責任を直接結びつけていますから、この責任に対する意見も社員Aの好き嫌いの話しになっていると感じさせます。

だから、聞く方にとって、すっきりしない嫌な感じが残るのです。

そしてその一方 -
ドラッカー氏の言葉は、その言葉どおり「誰が正しいかではなく、何が正しいか」という内容になっています。だから、「要するにどうすればいいんだかよく分からない!」と言いたくなる話しに聞こえます。

「何が正しいか」(A)、それは

  • 何を行うべきか
  • 何が目的か

という方向性 (B) とか

  • どう行うべきか

という方法論 (C)、そして

  • どれくらい目的に近づけたか
  • そしてそのあと、(目的に近づくために)どうすればよいか
    • 今のままの仕事を続けてよいか
    • 今の仕事のやり方を変更するか
    • 方法に無理がないか
    • 自分たちに力不足・知識不足はないか

という評価・確認 (D) へ、そしてさらに仕事は (A) あるいは (B) に戻って続いていきます。

「要するにどうすればいいのか」の答えは、このループこそ客観的でかたよらない仕事の仕方だということから理解し、行動できるようになりなさい! ということになるでしょう。
しかも「真摯」に - つまり、論点(フォーカス)を外さず・ぶらさず、真正面から取り組み続ける… というくらいの意味になるでしょうか。

「非効率!」という攻撃の言葉・捉え方の標的になることは間違いがなさそうですね。

効率的であろうとして、誰かを断罪するのか

「非効率!」という攻撃を受けることを怖れるとしたら、攻撃する側もされる側も、
「何が正しいか」に立ち帰らなければなりません。

この仕事はそもそも、効率的に進めることが正しいのか? と。

効率的でありたい… という思いは仕事の目的を追求する中で生まれてきた派生的な要望であって、仕事の目的そのものではなかった可能性があります。

「仕事の目的」を達成することは重要なことでしょう。
そのために、目的を達成するために担当する者それぞれが自分の役割り・責任を果たすことはやはり大切な要素だと思います。

大切なのはここからです。
仕事の目的」- それが「顧客満足の確保」であろうが、「売上目標の達成」であろうが、そのまま各自の役割り・責任につながってそれで終わりということは決してありません。

担当各自の役割りや責任は、
その役割り・責任を果たそうとする意識と果たすための力量 - 技術や知識、経験やノウハウ - がひとつになって形になるものです。

部署としての目標が達成できないとか、あるべき姿に到達できないとすれば、あとは
誰それの仕事の仕方に問題があるということ
その問題を解決するのに必要なリーダーシップを発揮しない職制に責任がある

その言葉はですから、とても大切な訴えでもあります。

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誰かを断罪したいということを言っている言葉ではないのです。
仕事の目的が達成できていないのではないのか!?
今のままでいいとは思えない。みんなの意識をもう一度集め直すときではないのか?! - そう言おうとしているのです。

その真意をつかまえる・理解することも、

誰が正しいかではなく、何が正しいかを考える。頭の良さではなく、真摯さを大切にする。

ことなのです。

 

 

 

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