言葉 - それ自体がアナログだということ

アナログとデジタルの間、自分はどのあたりにいるだろう - そのぼんやりとした疑問と、情報の高速化、そしてiPhoneのように取扱説明書のない製品

その3つが重なる場所。その場所がなんとなく見えてきたような気がします。

それは思えば、何をいまさら! というようなこと。つまり、
言葉そのものがアナログになっていることに気づけば、この3つのものがぴたりと重なって見えるのです。

解読を必要とするアナログの情報 / 解読を意識させないデジタルの情報

言葉は情報を文字に並べ替えて伝え、その文字を情報に組み立て直して受信する情報、言い換えれば、推敲し・読解するアナログの情報
そしてそれに対して、Instagram(静止画)やYouTube(動画)のような目で見る・耳で聞く情報はデジタルの情報と捉える - それが3つのものが重なって見える場所です。

私には、言葉という形の情報の中でも紙に印刷されたものがアナログ、インターネットに乗せられているものがデジタルと考える傾向があったのですが、それでは高速化は説明できても、取扱説明書がなくなることを説明することができません。

そうではなく、情報が言葉 - それも特に、文字という形を必要としなくなりつつある。そう捉えればいいのです。

印刷され紙の上に固定されたもの(アナログタイプ)だろうが、HTMLのようなタグ(マークアップ)と結びつけられファイルとして保存されたもの(デジタルタイプ)だろうが、文字という形になっている情報がアナログなのです。
思い切った言い方をすれば、読まなくては分からない情報 - それがアナログたる由縁です。禅問答のように聞こえるかも知れませんね。

iPhoneに取扱説明書がない理由

文字という情報=アナログ という捉え方を前提に、なぜiPhoneには取扱説明書がないか(正確には「ないように見える」というべきですが)をもう一度確認してみると… iPhone そのものが(触れば分かる、直感的な操作で完結した)デジタルデバイスだからです。

説明しなくても分かるもの - iPhone - に、読まなくては分からない情報 - 取扱説明書という名の説明 - はいらないのです

 

日本語と日本人の感性は、文字に端的に現れていると言われます。
表意文字、つまり文字ひとつひとつには意味があって、私たち日本人の感性はその文字に直感的なイメージを結び付けて成り立っているというのです。

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「青」は青空の青、海の青さの青。「あか」は薔薇の花か、夕陽の色か、信号の赤か。ひとりひとりの生活や経験に密接に結び付いて、そのイメージがその文字の意味になっているのです。

だからこそ、緻密・精密な推敲(言葉選び)ができたし、その言葉・文字が表そうとしている意味をさまざまに想像しながら受け取ることができるという、日本人の繊細さが保たれてきたのです。

 

「読まなくても分かる」 - インターネットを流れる情報に速度を感じていたのは、そのせいなのです。
推敲を必要としない、つまり、読み取ろうという重さを感じさせない文章で綴られている情報だという、一種の違和感がその速度の正体だったのです。