時間がある人たち、急ぐ人たちに

「7~8割できればOK!」が
心の余裕を生む

僕のお坊さんとしての “説法デビュー” は、本山のある京都・花園の正法山妙心寺の研修でした。
説法とは、仏教についてのあれこれを分かりやすくお伝えしているのですが、それまで人前で話す経験なんてそうそうありませんでしたから、初めの頃は、緊張し過ぎて何がなんだか分からないうちに終わっていました。

(中略)

でも、そんなときは、「7~8割できたなって自分で思えたらOK!」って思うようにしています。
練習は10割やっておいて、本番では7~8割出せればいい。
完璧を求めると苦しいし、かえってミスすることがありますから、最初から
「僕は100点をとれなくてもいい!」
くらいに少し心に余裕を持たせた感覚でひな壇に座らせてもらっています。

それは「腹八分目」というのも同じようなものかもしれません。

出典:泰丘 良玄 氏著・
人生はブレていい。 – 平成の一休さんのポジティブ・トンチのすすめ –

良玄さんのこの言葉は、ある程度の経験を積んだから言えること - そんな気がします。

「腹八分目」も「ほどほど」も、経験が教えてくれるもの。

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何かをなそうと思ったとき、準備にかける思いや心の集中力、かかる時間やできあがったときの満足感。周りの人たちがどんなふうに評価してくれたのか、その反応に自分の心が何を感じたのか… 。時間的な感覚とか、人に与えた印象とか雰囲気 - そんな色々なものが積み重なって「ほどほど」の感覚ができあがるのですね。

ただどうしてか、時間がたっぷりあって、それこそ、やり直しは何度でもできそうな若い頃には、何故だか「ほどほど」とは思えない。
若さゆえの一生懸命のせいか、若さゆえに周囲の年配者からのプレッシャーを感じやすいからか。

職場の若い仲間の思いや振る舞いに、少し、注意していてやりたいものだと感じています。