ツバキ文具店〜鎌倉代書屋物語〜 第七回は「話せなかった思い」。
その物語を見ながらちょっと複雑な思いになりました。たとえ肉親とは言え、互いの思いは共有すべきなのか、どこまで共有できるものなのか - そんなことを思いながら、亡くなった両親を思い出したのです。

知らなかった自分を責めてはいけないという感情といっしょに。

 

言葉、文字になる前の思い

聞くことができなかった思い - 私の場合

私が実家を引き払った時のことでした。片付けようとする家財道具は、トラック数台分。それこそ途方に暮れてしまうほど多かったのですが、その中のほんの小さな箱の中に、両親が受け取ったり送ったりした手紙やハガキと数枚の写真、そして父が書き残した日記のようなノートが数冊ありました。

私の父は結婚人生のほとんどをかけてマイホームとしての実家を得た人でした。私はその父の第一子、長男として生まれました。父と私の間には、取り立てて相続を話し合ったということはないものの、子どもは親の資産を相続して当然、それが長男であれば議論の余地はないという雰囲気が父の側にも、私の側にもあったように思うのです。

サラリーマン人生の大半を実家獲得の準備に費やした父でしたが、その時間は10年、20年という長期に渡っていたのです。私はと言えば、そんな実家を両親が生きた証しのような感覚でとらえていたと思います。

その父の残した日記のようなノートは、実家に移り住んでからの毎日を綴ったものでした。

言葉、文字に触れる前の思い

それまでの思いや記憶、あるいは思い出を大切にしようとする思いだけであれば、私には実家を手放すという選択肢はなかったでしょう。けれど、私自身や兄妹、それぞれの配偶者、それぞれの子どもたちのことを考えながら山のような実家の家財道具を片付ける日々の中で、実家に対する思いもいっしょに整理しなければと思うようになったのです。

そしてそれだけに、私は、その手紙やハガキ、父が残していたノートをどうすべきだろうとずいぶん迷いました。

実家の中を片付け、整理しながら、実家をどうすればいいかの決断を下そう - そのために、父が何を書き残したか、父がどんな思いで実家で生活をしていたかを知っておくべきではないか…、生前話すことのなかったことを確かめることになるかも知れない、私ひとりがそのあとを負うことはできない、ならば知らぬままにすべきではないか… 思いは千々に乱れ、まさにそんな思いだったように思います。

 

知らなかった思いを知った心をどう支えればいいのか

鎌倉代書屋物語の主人公と同じ思いでした。知らぬままでは前に進むことはできない… そう考えて、ノートに書かれていた父のその頃の思いを読んだのです。

今思えば私は、自分の思いを定めるために助言を求めていたのかも知れません。それは父でなくてもよかったのかも知れませんが、実家と私を結ぶところに一番近いところにいた人は父だった、その父が築いた実家のことを考えるのならば、書かれていることを知っておかなくてはいけない - そんなふうに思ったのです。

自分でもそんな助言を求めていたのかどうかよく分かりません。いずれにしても、父が書き残した言葉に助言を見つけることはできませんでした。

そして、これもまた鎌倉代書屋物語の主人公と同じでした。伝えてもらうことがなかった私に対する思いも綴られていました。けれど、私を支えてくれる言葉はありませんでした - それは私にとってはある意味ショックなことでもありましたが、それを確かめたからこそ、前に進むことができたのです

鎌倉代書屋物語の主人公は “先代” の思いを知らぬまま一人で死なせてしまったと涙を流していましたが、知らなかったということも、別れ別れに暮らしたということも、”先代” が亡くなったあとになって文具店へ戻ったということも、本当は、主人公ひとりが選んだことではないのです。たとえ主人公に若気の至りがあったとしても。

残された者を思うのであれば

そんな思いをしても残された者はその自分自身を自分で支えなくてはなりません。だから、「話せなかった思い」「聞くことができなかった思い」はそのまま過去にしておくべきのように感じます。知らないままにしておくのです。思いを確かめたいと思ったとしても、その人に会うことはできないとなれば、心は居場所を決めることができなくなってしまうからです。

残された者にそんな辛さを感じさせないようにと思うとしたら、”気持ち” は残さない潔さが必要なのかも知れません。

私にとって、実家は父の “気持ち” の忘れ形見のようなものでした。その実家を手放したということは、忘れたいというのではなくて、それこそ私自身にとっても「墓場まで持って行くことはできない」ものだと父のノートを読むことで見極めたということでした。

逆の言い方をすれば、鎌倉代書屋物語の主人公と同じように、知らなかった思いや言葉に触れようとするときには前に進むために知るのだという覚悟を忘れてはいけないということが言えるように思うのです。