子は親の背中を見て育つ?

自分探しはツールを知るとことから

自分の父親の晩年を見ていたときの経験、あるいは記憶をたどって、今の自分とその父親の記憶を重ねてしまうようなことってないですか?

まさか父親のコピーではないのだし、生きている時代が違うのだから、同じ人生をたどるということはないでしょう。でも、良きにつけ悪しきにつけ、「ああ、今の自分と同じことを親父も言っていたことがあるな」と気がつくことがあって、我ながら愕然とする!?^^; なんてことがあるのです。

ゼネレーションギャップはこんなものだった

こんな時にはこう受け止めて、こう考えるのが正しいんだ… みたいに、信念とか心情、家族観とか人生観など、父親の話しを聞いて育ったという経験をしている人、父親と話しをしたことのある人はどれくらいいるものでしょう?

父とのやり取りの中で私が父に対して持っていたイメージは -
男に対する「べき論」、女に対する「べき論」のようなものが数珠つながりになっていて、人々を結び付けたり、支えたり、縛ったりしている。そしてその数珠つながりになった「べき論」は、人に必要な基盤であり受け継ぐべきもの - そういう価値観を持った人だというものでした。

私は、そうした父親の価値観 - 「べき論」 - と対峙することも何度かあったように思います。
ただ、酒飲み話にでも、父親とそうした価値観を戦わせたことがあったかというと、何かを生み出す、自分を確認する、あるいは相手を知る - そんな積極的な意味合いで話しをしたことはなかったように思います。
なぜか?

父親の時代の価値観は黙って聞き実践する もので、話し合うとか議論するというものではなかったのです - 「話し合ったり議論することなく、黙って聞き実践する」というのは、別の言葉で言えば、疑いを挟まず教わるものということ。その価値観の良し悪しを云々できるのは、然るべき経験と思慮を学んでからのこと。

そんな前提があったからです。思い切って言えば、「話し合う」という根拠、理由がない! ということです。

それに対して、私の時代は - 当時はそう意識していたわけではないのですが、今にして思えば - 価値観は写してもらうものではなく、自分で学び・選び・組み上げるものだと思っていたように思います。
私たちには父親たちが使う「常識」という言葉さえ届かないことがあった - それがいい例です。

ただ、そんな自分の価値観も、父親の価値観があったからこそ生まれたんだということが私たちには分かっていませんでした。
それが当時の私たちに決定的に欠けていたものでした。

時間を越えて再確認する「同じもの」

けれど、姿形や声が父親そっくりになってきたと言われて過ごした時期があったように、話し方とか、ものの考え方・受け止め方が自分でも「どうしてこんなに!?」 と感じるほど父親に似ていると感じることがあります。

どこかで、父親を反面教師のように見ていたにも関わらずです。
父親のようになるまいなどと力を入れていたつもりはなくても、確かに父親と自分は違う存在だということを感じることはあったように思います。「違う存在だ」ということを感じていた私は、「この部分は同じだ」ということを感じたり見たりしようとはしていなかったのです。

若かったからね… と言ってすむものでしょうか? 何となく、「右か左か」のような偏った捉え方、感じ方をしていたものだと思うのですが。「血は争えない」と言いますから、もしかすると、当時の私の感覚もやはり、父親と同じものだったのかも知れません。

 

ひととき、自分を確かめる時間として

自分の中に感じる父親の遺伝子 - そんなふうに言えるかも知れません。
そんなものを探しているわけでもなく、今の自分に迷いがあるというわけでもないのですが、自分を父親につないで捉えようとする心理があるのでしょうか。

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もしかすると、子どもには、親を引き継ごうとか、親を越えようという条件反射にも似た意識のようなものがあるのかも知れませんね。

自分でも、確かめることなく死に別れた父親の姿を今、確認しようとしているのかな? と思わないこともありません。もしそうであれば、あまり囚われないようにしなくてはいけないだろうなと思うのですが、それとは反対に、今自分が求めている答えは今でなくては得られないだろう、だから今は、少し時間をかけて確認してもいいのではないかとも思うのです。

第2か第3の思春期にいるんだと思えば、無駄にしてはいけないと感じるのです。