本当は私たちのすぐそばにあってほしい介護というもの

介護保険の大改革” と称して介護保険の仕組みの周辺で起きている問題を特集していたテレビ番組。

介護保険料の負担やサービス利用の区分けが変わるのに合わせて、要支援の人たちが介護認定を解除できた取り組みを進めている人たちがいる一方、利用する側にとっても支援する側にとってもひずみが出ているケースがあるという内容でした。

何よりまず、私たちは介護保険をわが身のこととして捉えることが大切だという言葉が印象に残っています。

 

現場にいる医療関係者のほとんどが何度も経験することですが、患者さんやその家族には本当にさまざまな逡巡があります。
セカンド・オピニオンを得る、別の病院や担当医を探して手術をする、投薬の内容や投薬ペースを変更する、保険診療適用外の治療(混合診療)を、受診する… いろいろなことをやってみた結果として、最終的に緩和ケアを望まれる方が大半です。

出典:矢作直樹氏著・「「あの世」と「この世」をつなぐ お別れの作法

緩和ケアを施してくれる施設の助けを借りて母を見送った経験から思うのは、患者本人の母といっしょに、私たち家族の生活と精神的な安定も緩和ケアに守ってもらったということです。

通院による治療法に希望が持てない。最後のための時間はあとどれくらい残っているか分からない… そんな現実を受けとめ、覚悟を固めるための時間を緩和ケア施設に支えてもらい、過ごさせてもらったのです。

その時間は私たち家族の場合、死を迎えようとする母の一瞬一瞬に付き添うための準備 - 心の準備 - が足りないということを自覚させられる時間でもあったのですが、繰り返し確認させられたのは、介護保険と医療保険の支える力でした。

そもそも、緩和ケア施設を選んだということは医療と介護の両方に助けを求めたかったから。

  • 吐血を伴うような大きな出血が起きる恐れがあると言われていたこと
  • 失血が死の原因になるかも知れないという病状だったこと、そして
  • 母にとっての誇りを守ってやりたいという私自身の思い・判断があったから

でした。

そしてもう1つ。
在宅で緩和ケアを受けることもできる - 地域や施設などの制限はあったのかも知れませんが、そんな助けを求めることもできるんだということを知らなかったというのも理由でしょう。

いずれにしても、医療に母の病状を支えてもらい、介護に母の普段の生活を支えてもらったのです。

 

支えてもらうための保険だからこそ、使わない自分でいたい

テレビ番組であげられていたのは、高齢者の自立を支援する目的で導入されたはずの改革で、要支援1と2の人たちの中に生活の質が下がってしまった人たちがいるという話しでした。介護サービスが支えていた健康なのに、そのサービスを利用できなくなってしまい医療の助けなしには生活ができなくなる… とてもとても切ない話しです。

スポンサードリンク

私が両親のための介護を求めてからまだ5年足らず。わずかな時間の間に起こっている変化はこれからの私たち自身に関わってくる問題です。

重度のリウマチを病んでいた父は要介護3。その父は、ケアプランを立ててもらっていながら自分の体を管理するということを実践することができませんでした。終末期に要介護1から3へと認定を変えてもらいながら他界した母は、気にしていた、子どもたちに自分の介護をさせるという苦しい気持ちを忘れて過ごすことができたはずです。

 

介護は確かに明日のわが身の問題です。
支えてもらえるはずの保険があるのだから、その保険を使わずにいられる自分でいなければ - 保険の矛盾を感じながらも、そう思うのです。