介護・医療 - 在宅型ホスピスの記憶

母を見送った記憶をたどると

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2025年問題という文字やタイトルを見るたびに思い出すのは在宅型ホスピスを謳う施設にいつ余命が途絶えるか分からない母を預かってもらったときのこと。

輸血なしであれば確実に命が終わってしまうということが分かっているのに、基本的には終末ケアのための施設だから、延命につながる輸血をすることはできないがそれでもいいかと確認されながら母を預かってもらうことを選んだ時私が考えていたのは、安心して母の最期を迎えることができる場所に預かってもらうことができるという納得と、最期を迎える場所と分かっている施設に母を預けたという後ろめたさのような感覚でした。

いつ命が途切れても… と覚悟しているでしたから、母のそばには医師にいてもらいたいという気持ちが強かったように思います。
下血も止まらず、大きな吐血も2度経験していましたから、万一のときには母本人もそうですが、兄妹が受けるショックを少しでも和らげてやりたいという心理がありました。

後ろめたさのような感情は、輸血をしてもらえないことが分かっている、つまり、そのまま死なせてしまうのだろうと分かっていながら預けたという後悔のようなものでした。

輸血しても患部からの出血を止めることができないから下血しているのです。母のリビングウィルを尊重すれば、そこでそのまま静かに逝かせてやらなくてはならないのです。それが分かっていても「これでいい」と思いきることができなかったというのが正直な気持ちだったように思います。

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(c) Can Stock Photo / Nikol85

在宅型ホスピスという施設

その在宅型という施設は、いわゆる入院という形ではなく、賃貸契約を取り、その部屋を使わせてもらうというシステムでした。終末期専用のケア施設です。

医療保険を利用して医師が医療ケアを施してくれ、看護師の方が24時間常駐する形で

  • 疼痛のコントロールをはじめとするいくつもの医療処置から
  • 訪問での歯科診療、マッサージによる拘縮の予防まで

をカバーしてくれる施設でした。

病院の一部を終末ケア専用にした施設では1か月50万円が必要だと言われていたのですが、その施設では、要介護の認定がなくても50万円あれば2か月、過ごすことができました。要介護3だった母はその1か月分の料金の75%ほどで入居させてもらうことができたのでした。

介護ベッド、車いす、そのほか食事から着替え、散歩、入浴、排泄。そして2度の輸血まで、必要な介護と医療のすべてをカバーしてもらい、エアコンの聞いた静かな部屋でテレビを見たり、音楽を聴いて過ごしたのです。
およそ50日。母が、自分にそんな金はない、そんな金額のところへは行けないと心配していた金額は総額で42万円。

それでも、輸血をしてもなお、命を支えることはできなかったと、私たち家族の気持ちも救ってもらったのです。

2025年の問題に備えるということ

ホスピスでの経験があるからでしょう、頼れる医療・介護施設なしだったとしたら、私たちは母を看取ることができただろうかと思わざるを得ません。

当時の私には、今考えてみればどうしてだろうかと思うのですが、「在宅での終末ケア」という選択肢は意識さえありませんでした。選択肢として排除していたというのではなく、そういう知識がなかったのです。2年近く治療や診察・検査のためにがんセンターに通っていて、余命の確認までするほど一生懸命に介護のための準備や勉強をしていたつもりだったのにです。

ですから、2025年問題病院や施設で亡くなることができなくなる人が増えるという話しは、ちゃんと自分の問題として捉えられるようになっておかなくてはいけないだろうなと感じています。

入居後、本人や家族は、看取りの指針・体制について説明を受け、最期を迎えたい場所や救急搬送時の意向を確認される。救急搬送時の対応とは、脳卒中など突発的な病気になったときに、心肺蘇生や人工呼吸器の装着をするかについて、確認するものだ。

「医学的に回復の見込みがない」と診断された時点で、看取り介護の段階に入る。改めて、施設で最期を迎えるかの意思を確認される。その後、心身の状態に変化があれば説明を受ける。看取りを始めた後に、在宅や病院で最期を迎えるよう希望を変更することもできる。

出典:朝日新聞出版・
日本で老いて死ぬということ―2025年、老人「医療・介護」崩壊で何が起こるか

両親を見送った私にとって、この話しはどこかの誰かの話ではなくて、自分の話しなのです。

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看取りの指針や体制の説明を受けると言っても、救急搬送された時の対応を頼むにしても、半分も実感が持てないまま話しをすることになるのではないかと感じもします。

「医学的に回復の見込みがない」と診断された時点で、預かってもらう施設の順番を待つよりも、在宅で…

それを現実として想像してみなくてはいけないだろうなと思うのです。

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