終活 - 家族がいっしょに向かえる “そのとき”

病気に向き合う - 病院や医師のサポートは欠かせないのだけれど

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人工透析を受けないと決めた義母のことを考えなら、がん患者として最期を迎えた母親がどんな終末期を過ごしたかを思い出しながら、「大人のおしゃれ手帖特別編集 親の看取り (e-MOOK)」のページをめくっていてこんなタイトルがあったのを思い出しました。

退院を告げられたらどうする?

退院勧告 - 父のそのとき

記憶をたどってみると、大腿骨骨折の入院と手術、そしてその入院でせん妄の症状を引き起こしていた父も、入院当初の治療目標に達したから… と退院を告げられました。

その勧告を受けるころ、父は骨折した大腿骨を人工のものに差し替えてもらう手術を受けたのに、怖さや痛みを理由に(本当に痛みがあったかどうかは分かりませんが)リハビリを拒否するまでになっていました。

after receiving discharge recommendation
大人のおしゃれ手帖 のあるページ

迂闊といえばあまりに迂闊!  - リハビリにしっかり取り組んで、自分の足で歩けるようになるときが怪我の回復の目標なのだろうと考えていたのですが、入院(あるいは治療)計画なるものをちゃんと聞くことなく、見舞いだけを繰り返していたのです。

だからこそ、インフォームドコンセントを適切に受けるには患者とその家族も意識をしっかりもって、学ぶべきことを学ばなければいかないと思うようになったのですが…

退院を継げられるというのは、支えを失うという感覚に陥るとても不安なものです。私たち家族のときのように、その意識や気持ちの準備さえない状態で退院勧告を聞くということがないようにと声をかけたい思いです。

退院勧告 - 母のそのとき

がん患者となっていた母が退院の勧告を受けたとき、患者本人の状態は父の時とは大きく違っていました。

積極的な治療をしても回復の見込みが望めない - 治療のできない患者を入院させ続けることができないから、一旦自宅に戻ることを勧めたいという通告を受けたのでした。このあとはいつ終わりになっても不思議がない、しかもその最期は大出血の発作のような形で訪れないとも限らない、そうした急激な最期を迎えずに済むとしたら、必要な状態になったら来院してもらって処置をほどこすこともできるから… そんな説明を受けたのです。

がんの浸潤を受けた十二指腸からの出血で下血が止まらなくなっていた母、自然にしていても失血死することが避けられない状態でした。

診てもらっていたのはがんセンターでした。
母はがん患者でしたが、最期をその病院で迎えることはできないのだということは、勧告や説明を受ける前に感じていたことでした。

ただ、退院を予定していたその日に、がん患者のための終末ケアを提供してくれるホスピスに母を預けたのです。

 

退院を告げられたらどうするか

自分(と父、あるいは母)の経験を振り返ってあらためて思うのは、入院も退院も一人ではできない! ということです。

保護者の同意、そして(病院によって違うのでしょうか?)保証人の署名・押印がなければ入院ができませんし、入院ができなければ手術を受けることもできません。それは両親のような高齢者に限ったことではないでしょう。

そして退院を告げられた時も、そこから先は患者本人は自分で決め、行動することができないのです。私が見つけたページに挙げられているように

① どこで療養するか選択する

のも

② どのように療養するか選択する

もの、患者本人にできるのは、こうしてほしい… という希望を伝えてくれることだけです。

自分はこうしたい・こうありたいという自分に、自分の力でなることができない… その思いと現実のギャップに患者本人は自分を責めてしまう・諦めてしまう、そんなことがあるのだなと感じたことを覚えています。

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ごくごく緩やかに、静かに症状が重くなっているように見える義母。
まだ入院せず、自分のことを自分でやることができている義母ですが、いつまで今の自分でいられるだろう?… そんな不安を抱いているように見えます。

無理もないことです。

そんな義母が少しでも長く自分の思いどおりの生活ができるように - 「退院」という言葉を求め、翻弄された記憶がよみがえるだけに、義母の、自分らしい一日一日を願わないではいられません。

 

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