自分の心を救うこつ - なんだかそんなふうに言うこともできるような気がします。

その反対に、そんな自分を追い詰めるような考え方、感じ方しかできないのはどこかおかしくないだろうかという思いもあったりします。

私たちの世代に特有のことでしょうか?
それとも、今の日本人はみんなが同じように悩んでいるのでしょうか?

悩まない」と題した著書を読みながら、悩みがなくならない自分たちにあらためて気がつくのですが、そもそも私たちの悩みはどこから来ているのでしょう?

 

みんな悩んで大きくなる?!^^;

家族には期待せず、つかず離れず

仕事や友人関係で悩んでいる人もたくさんいますが、家族との関係に悩みを抱える人も多いでしょう。
親子、兄弟姉妹、夫婦、そういう関係に横たわる複雑な状況は、ともに過ごす時間と比例しながらある種のねじれた感情を生み出します。近親憎悪という言葉があるように、近しいからこそ歪んだ感情が生まれがちです。家族に大なり小なりの問題がないことのほうが少ないでしょう。

だから変に期待せず、つかず離れず、家族とはそういうものだと思えば、大したことなく思えることも多いはず。

出典:矢作直樹氏著・「悩まない

矢作さんが語る人間関係 - それも家族の間の関係は、どこか切なさを感じさせるのだけれど、うなづけてもしまう。

切なさを感じるということは、もう少し好ましい関係は維持できないものかと感じているということ。
そして、うなづけてしまうということは、自分も同じように感じたり、振る舞ってきた覚えがあるということ。

文字どおり、家族であるがゆえに感情や関係が抜き差しならないほどにこじれてしまうということもあるのです。

もしかすると、もう少し好ましい関係は維持できないものかと感じる、つまり、親に対しては、兄弟姉妹との間はこうあるべしと教えられ、そうありたいと思う気持ちが分かる年代であるほど、その切なさも強く感じてきたと言えるのかも知れませんが…

 

「可愛い子には旅をさせよ」の教えを忘れないで

私たちの最初の悩みというのは、なんだか家庭の中にあったかなという気がしてきたりします。それも、自分にさまざまなことを教えてくれた両親と自分の間に生まれてくるのじゃないかと。

そして、自分にさまざまなことを教えてもらったことそのものが悩みの原因ではないのかなと感じもするのです。
どうしてでしょうか?

両親に教わったことを、両親を通して確認することになるから - それが私の答えです。

両親は10年、10数年ののち、自分の教えてきたことと自分の言動がきちんと整合しているかどうかと子どもたちによって判定されているという自覚を持っていないことが多い - そしてそれが、子どもたちの悩みのもとになるのです。

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ところが、親子の関係は一朝一夕に解消したり、形を変えるわけにはいかない。だから、「歪んだ関係」になってしまうおそれもある。そう思うのです。
昔から言われている「可愛い子には旅をさせよ」の教えはですから、子どもはもちろん、子どもの側から見た親との関係を歪ませてしまう罪を犯さないようにと、親へのアドバイスになったのだろうなと思うのです。

まさに、矢作さんが言われている「視点を変えなさい」極意? はどうも、親の側へのアドバイスなのだろうという気がするのです。

子どもは親の言うことを聞かなくては… ではなく、親は子どもを縛ることがないように… それがすべてのはじまりであってほしい、そんなふうに読めるような気がするのです。