自分探し & 自己実現 - 論より証拠! だとしたらどちらを選ぶ?

背中を押してくれる先輩の存在・言葉というもの

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曽野さんご自身は1931年生まれ、そしてこの著書は2010年の初版発行と言いますから曽野さんが79歳のころかと思われる作品。

「人間は死ぬまで働かなくてはいけない」という章の中に、これまで探していたのはこの言葉だったのじゃなかったかなと思える一節を見つけました。

老人になってからも、昔のように前面に出たがる人といのも困りものです。前向きでいい生き方かもしれませんが、人には育てられる時期と育てる時期があります。若い頃は、能がなくても年上の人が押し出してくれました。年をとったら、今度は自分たちがそういう立場だとわからなくてはいけない。大局に立って、その時その時の自分の位置を確認しながら、若い人の出る幕を作ってあげるべきでしょう。それが、年を重ねた者の才覚です。

後進に道を譲ったからといって、自分の道が閉ざされるわけではない。むしろ自由な境涯で、自分の時間を持ったり、より健康になる仕事に邁進すればいいと思います。

出典:曽野 綾子さん著・「老いの才覚 (ベスト新書)

会社の中にいれば、まだそんな年じゃないだろう!? と自他ともに認める年代なのだけれど、今、自分の心と体が自分の思いどおりになる? (と思えている^^;)間に、世代交代を自分の意思で進められないものかと思うようになると、なかなか これだ! と納得できる考えに落ち着くことができずにいたのです。

リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット両氏の「LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略」は、年齢とか、これからの仕事とかいう角度からだということもあって、今も学び続けているのですが、その緻密な情報収集と分析をベースにした100年ライフの提唱? よりも「老いの才覚」の一節がはるかにまっすぐ響く気がしたのです。

 

「LIFE SHIFT」は「老いの才覚」にはない具体性があります。ただ、緻密・具体的なだけにエネルギーが足りないのです。ちょっと贅沢ですね^^;  私たちに必要なのは - いえ、私に必要なのは、と言うべきですね - 「人間は死ぬまで働かなくてはいけない」と言って背中を どん! と叩くような気概、気構えが必要だったように思うのです。

ただここで問題なのは…
- このあたりが私の世代の特徴なのか、私個人の性格なのか迷うところですが - その気概・気構えだけでは足りないのですね^^; だから、ちょっと贅沢だということになるのですが、先輩たちの世代のように、良いと思ったことはしのごの言わずに実行すればいいだろう! と行動できないところがあるのです。

むしろ自由な境涯で、自分の時間を持ったり、より健康になる仕事に邁進すればいいと思います。

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という言葉をどう実践できるだろうか?… などと考えてしまうのです。

「人間は死ぬまで働かなくてはいけない」と直感的に理解できても、「後進に道を譲った」あと、どうやって働こうか⁇ というわけです。ちょっと考えれば、若い仲間に向けていたダメ出しを自分に向ければいいだけだと分かるのですがね^^;

LIFE SHIFTの緻密な情報収集と分析をなまじ聞いてしまったので自立歩行ができなくなっているのだとしたら、「老いの才覚」に立ち帰ってみる必要があるように思うのです。

 

 

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